もっと・やっぱり決済端末が好き〜うっかり見逃した方への「リテールテックJAPAN 2021」レポート

昨年はコロナ禍で会期直前に中止を余儀なくされた「リテールテックJAPAN」が、3月9日〜12日の4日間の日程で2年ぶりに開催された。イベントや講演会が軒並みオンラインに移行する中で、決済端末の実機に触れる機会は激減する一方の毎日。感染防止の観点から、「触らない・接触しない決済」の提案が幅広く行われていた展示会場から、やっぱり実機に触れたくて仕方がない筆者がレポートする。

例年に比べて「静かな」展示会場、その裏に周到な感染防止策

 会期直前に緊急事態宣言の延長が発表される中で開催された「リテールテックJAPAN 2021」(主催・日本経済新聞社)。会場も例年とは異なり、東京ビッグサイト(東京・江東区有明)の南展示棟に移して行われた(写真1、写真2)
 会場の入り口では感染防止対策として、体温の計測や手指の消毒などが行われたほか、会場内でも音量の大きな宣伝や呼びかけは極力抑えられ、来場者と出展者が安心して参加できるように細やかな配慮が配られていたように感じた。
 来場の状況は本稿の最後にあらためて触れるが、例年は各所に見られる人だかりや、往来も落ち着いており、混雑のない静かな展示会となった。他方で、国内における新型コロナウイルス感染症の状況が日々移り変わる中で、出展の最終判断やブースの準備が難しかった出展者もあったようだ。ブース出展を予定していたものの、実際には案内パンフレットのみを掲出したり、やむなく休憩コーナーに転用したブースが見られたのも特徴的だった。
 ところが、会場に足を踏み込んでみれば、そこはいつものリテールテック。出展者も来場者もマスク姿であるものの、熱心にデモを見学したり、話を聞く姿があちこちで見られた。今年のリテールテックで目立っていたのは、世相を大いに反映して「接触しない」で提供するサービスやソリューション。
 連日、来場者を元気に迎えてくれた展示ブースの一端を見ていこう。

写真1 久しぶりに間近で見る東京ビッグサイトは、ちょっと大きくなったような気がしなくもない

写真2 今年は初めての南展示棟での開催。エントランスを右に進むのはリテールテックJAPAN史上では新鮮な体験

顔と虹彩でダブル生体認証、視線で支払いの意思表示

 日本電気(NEC)は「顔認証」と「虹彩認証」の2つの生体認証技術を組み合わせた「マルチモーダル生体認証端末」の実機を出展し、実際に来場者の生体認証を登録(写真3)して認証するデモを披露した。

写真3 顔と虹彩(眼)の両方が一度に登録される(写真の一部を加工しています)

 「生体認証支払い」と銘打たれたデモ(写真4)では、端末の前に立って画面を見つめるだけで、ほんの一瞬で認証が終わった。顔と、眼の虹彩、2つの生体情報をスキャンしているとは感じさせないスピード感だった。
 実は、この認証だけで支払いは完了しない。さらに支払いを確定するために、もう1つの技術である「視線推定」が採用されていた。認証完了の後、そのまま端末の画面をじっと見つめていると視線の先にカーソル枠が表れる。そのまま視線を移して「確定>>」のボタンを見つめ続けるとボタン上のゲージが右に上がっていき、上がりきったところで「支払完了」の画面に切り替わった(写真5)

写真4 生体認証支払いのデモ。手前が生体認証端末

写真5 右下の「確定ボタン」を見つめ続けると、緑色のゲージが上がっていく

 生体認証だけで決済が完了しないこの仕組みは、一見、少し面倒なようにも思えるが、ブースの説明員によると「クレジットカード払いにおけるサインや暗証番号入力の代わりを、視線推定で行っている」ことによるもの。決済の手順には「支払いの意思表示」が欠かせない要素ととらえ、今回の技術開発が行われている。
 結果として、最後まで画面に指一本触れることもなく、非接触で安全な支払いを体験することができた。
 NECでは他に、スーパーマーケットなどの流通小売店で、お客が買い回りしながら自分で商品スキャンを行っておき、退店の際に会計する「セルフスキャンショッピング」も展示していた。同社では、お店がお客に貸与する専用端末方式と、お客が自分のスマホにアプリをダウンロードして使用するスマホ方式の両方に対応。商品をスキャンするところまでの操作手順は同じだが、「お客様自身のスマホを利用する場合には、アプリに事前登録したクレジットカードでの支払いに対応しているので、決済まで完結できる。一方、お店からの貸与端末の場合には、(カードなどを登録できないので)POSレジ(写真6)に会計内容を転送してPOSレジで決済する」(説明員)といった違いがある。
 スマホ方式の導入事例としては、食品スーパーマーケットチェーンのベルクが埼玉・千葉の一部店舗で実導入しているそうだ。

写真6 「セルフスキャンショッピング」対応のPOSレジ

ホログラムのような決済端末にワクワクが止まらない

 会場に掲げられた「空中浮遊ディスプレイ」の言葉だけで、もうワクワクが止まらない読者も多いのではないか。コロナ禍で、支払いの際にも「接触しない」ことへのニーズや期待が高まるなか、非常に注目を集めていたのがこの立体的に見えるディスプレイだ。
 この端末の前に立って見ると、画面がホログラムのように浮き出して見えるのだが、さらにそこへ指を伸ばすとタッチが可能になっている。この仕組みを用いて、タッチスクリーンと同じ操作を画面に触れずに実現する。会場ではホテルなどの予約システムとの連動を想定した決済端末のデモが体験できるようになっていた(写真7、8)
 原理は非常にユニークで、アスカネット社が開発した特殊なプレート(樹脂製とガラス製がある/写真9)を液晶ディスプレイに対して斜めに立てかけると、不思議なことに画面が立体的に浮き上がって見える。これを同社は「空中結像」と呼んでいる。この状態に、端末筐体などに組み込んだ赤外線センサーなどを組み合わせることで、指の位置などを把握。画像にタッチしているかのような操作感を実現している。
 プレートの素材や大きさ、組み込んだ機器・システムの内容によっても当然異なるが、下は数十万円から数百万円までと、まだまだ高価な印象は否めない。しかし、「画面に触れることなく操作できる」「体験として楽しい」など素材の特長が明確なので、医療分野やエンターテインメント分野など、他に代え難い特定の用途に対してはすでに実用の域にあるともいえそうだ。

写真7 わかりづらいが、画面は立体的に浮かび上がっている。決して触れていないのに、指をボタンに近付けると反応する。ツガワ社がアスカネットのプレートを組み込んで開発した空中浮遊ディスプレイ搭載型決済端末機「T-Z90-15」

写真8 QR表示も立体に浮かび上がる

写真9 何と、この透明なプレートが「空中浮遊ディスプレイ」の正体。意外にアナログな仕掛けに二度ビックリ

写真10 プレートの開発供給元であるアスカネットではこんな参考展示も! (写真ではわかりにくいが)PINパッドが立体で迫ってくる様は、決済端末好きにはたまらない

無人の店内を走り回り、商品をピックアップするAIロボット

 野村総合研究所(NRI)のブースでは、コンビニやドラッグストアを模した店内を周回し、入口で受けた注文の品を集めて回るロボットを実演していた(写真11)。そのけなげな姿が行き交う人たちの共感を呼んだのか、多くの人が足を止めて見つめていた。
 「ロボットによる店舗オペレーションの無人化」をテーマとする提案だが、ポイントは24時間の完全無人化ではなく、日中は平常通りの店舗運営を行った上で、夜間のみをロボットによって無人店舗化しようとするところにある。
 商品は日中と同じく陳列棚に整然と並んでいることが前提となることから、注文商品にあわせてロボットが店内を移動したり、アームを使って商品をピックアップする動作が必要になる。ピックアップした商品は店頭の受け取りボックスまで運ばれてくるので、お客はそこで決済や認証を行った上で商品を受け取る流れが想定されている(写真12)
 流通小売業ではネットで注文を受けて商品を宅配する「ネットスーパー」や、ネット注文専用の店舗である「ダークストア」などの取り組みが注目される一方で、労働力不足といった恒久的な課題が横たわる。ピッキングロボットの出番は意外と早く来るのかもしれない。

写真11 商品のピックアップ時には、アームの先端で吸着して取るのが基本。洗剤やガラス容器など中には繊細な商品もあり、商品を「開発したエンジニアのノウハウがたくさん詰まっている」(ブースの説明員)そうだ

写真12 デモでは1つの受け取りボックスだったが、実導入の際にはロッカー方式など複数の受取口が必要になりそう

台湾・キャッスルのサターン新モデル

 決済端末の出展では、国内メーカーの大半が出展を見送ったのに対し、海外メーカーの露出が目立っていた。特に、筆者がリアルの展示会場で実機に触れられることを楽しみにしていたのが「stera terminal(ステラ・ターミナル)」だったが、その提供元である三井住友カードは会期直前にオンラインのみでの出展に変更したようで、非常に残念だった。
 それはさておき、日本で年々、存在感を増しているのがアジア製の決済端末である。台湾のCastles Technology(キャッスル・テクノロジー)の決済端末も、最新モデルを中心に、日本での販売を手がける代理店企業が展示ブースを飾っていた。
 同社のフラッグシップ端末である「Saturn(サターン)」シリーズ。その最新モデルが「1000F2」(写真13)だが、ほとんど決済端末とは思えないスタイリッシュなルックスを持つ前モデルにプリンタを追加(内蔵)したことで決済端末らしい外観に戻った印象がある。

写真13 「Saturn 1000F2」

 前モデルの「1000-E」(写真14)は、日本国内ではユニクロなどの店舗で見かけるが、こちらはプリンタ機能を持たないため、POSレジから利用明細を印字する方法などが採用されている。とはいえ、導入店舗によっては決済端末単体で明細を印字したいニーズもあることから、プリンタ内蔵版がラインアップに加わった格好だ。

写真14 「Saturn 1000-E」

 Saturnシリーズはアプリ開発などもしやすいAndroidベースで、タッチスクリーンを採用するなど最新のスマートフォンのような趣きだが、Linuxベースでハードウェアボタンを搭載する機種群(写真15)もまだまだ人気が根強いという。

写真15 「VEGA」の名称でもおなじみの決済端末シリーズ

「日本仕様」に寄り添い、ラインアップを拡充するパックス

 中国・深圳に本社を置くPAX Technology(パックス・テクノロジー)も、グローバルで活躍する決済端末メーカーの大手である。その日本現地法人であるPax Japanが最新モデルを中心に実機を展示した。
 ブースには「日本仕様モデル」と冠したコーナーも用意された。Linuxベースの新端末「Q25」は、PINパッド一体型のオールインワン(写真16)。その左横には、ファミリーマートでおなじみのあの端末の姿も見かけることができた。スマートピンパッド端末と銘打たれたAndroidベースの「A35」は、コンパクトな筐体が特徴的(写真17)

写真16 Linuxベースの「Q25」

写真17 Androidベースの「A35」

 ほとんどスマートフォンのような外観となった「A77」は、AndroidベースのモバイルPOS端末(写真18)。写真の右奥に姿がちらっと見えているが、国内でも導入例が増えてきた「A920」からプリンタ部分を取り外したタイプといえる。結果として、前出のCastlesとPAXの両社ともが、プリンタ有り・なしの2モデルについてラインアップを完備することになった点が、日本市場のニーズの多様性を反映しているようで興味深い。

写真18 Androidベースの「A77」はプリンタを内蔵しない

 店員が操作するPOS画面と、お客側の決済端末画面が裏表に配置された「E800A」も、同社自慢の新モデル(写真19)。この形状を持ったタイプはこれまでもラインアップしていたが、「従来はPOS側と決済側とで制御するOSがLinuxとAndroidに分かれてしまっていたところをE800AではどちらもAndroidに統一した。アプリケーションの開発などにはAndroidのニーズが強く、こうしたご要望に応えた」(PAXブースの説明員)という。

写真19 デュアルAndroid化した「E800A」

 一般に海外製、とりわけアジア製の決済端末に対する国内ニーズとしては価格面への期待が大きいわけだが、同社の展示からはそれに加えて日本市場ならではの要望に機能面でも寄り添おうとする姿勢が垣間見られた。

写真20 自動販売機に埋め込まれた決済モジュールを、自販機の中側からじっくりと眺められるのは、まさにリテールテックならでは? 決済モジュール、FeliCaモジュール、通信モジュールを分離式にしたことで、必要な機能だけを選んで構成できる柔軟さも売りだという

写真21 普通の展示会であれば、この端末はこちらから眺めるもの(無人機対応非接触決済端末「IM10」)

「音」でスマホ決済の改善を提案

 かつてガラケー時代のおサイフケータイをかざすだけで、ブラウザの起動やクーポン配信などが受けられた「ピットタッチ端末」を覚えている読者はおられるだろうか。その提供元であるスマート・ソリューション・テクノロジーが、今回は「音」を活用したサービスを中心に展示していた。
 といっても、この音波は人間の耳には聞こえない特殊な周波数を用いて発信されるため、情報を発信する端末と受信する端末同士にしか「聞こえない」ローカルなデータ通信方式となっている。同社では、スマホアプリで音波を拾うことで取得できるお店のポイントカード(導入事例あり)や、授業の出欠管理のような用途に対して提案を行っている。学生の出欠管理のように、講堂のような広い場所であっても音波は受発信できるそうで、応用範囲は広がりそうだ。
 この仕組みの応用で、スマホ決済のデモも紹介していた。置き換えを想定しているのはMPM(店舗提示型)のQRを使ったスマホ決済で、お店側のタブレットから音声で決済情報を発信、これをお客のスマホで受信し、支払いを完了した上で音波を送り返す流れとなる(写真22、23)。お客がスマホを使ってQRを読み取ったりするのは意外に手間がかかるが、音波方式であればこの点を払拭できる利点がある。また先述の通り、音波はローカル通信のため、災害などで通信回線が使用できない際などにも有効だという。

写真22、23 タブレットとスマホの間を音波で通信する。処理速度も瞬時

来場者数は例年の4分の1も、切実さ増すリアル展示会の意義

 最後に、今年のリテールテックJAPANの来場者数について触れておきたい。主催する日本経済新聞社の事前発表によると、4日間の合計で6万人(併催の「SECURITY SHOW 2021」との合計)を見込んでいた。これに対して実際の来場者数は、初日の3月9日が6,252人、2日目の3月10日が8,358人と徐々に増加、また筆者が取材した3日目の3月11日は「今日が一番人出が多い」との感想を各展示ブースで耳にしたように日を追って増加傾向にはあった。
 結果、11日と12日はどちらも1万人を少し超えた客入りで、4日間の合計は3万5,207人だった。前回、2019年開催時の4日間の来場者数が約13万人なので、今年は例年の4分の1ほどの客入りだったと総括でき、筆者の肌感とも一致している。
 実際に今年、会場に足を運んだ人にはわかってもらえると思うのだが、展示会として良かった点もある。それは、通路やブースが全体的に空いているので、興味を持った展示に対して待ち時間が少なく、じっくりとお話を伺うことができたことである。
 そして、これはオンライン会場と比較した場合に顕著だが、担当者の生の声を直に聞くことの「情報量の豊かさ」を強く実感した。筆者の個人的な感想にはなるが、「見たり・聞いたりしてきたものを誰かに言いふらしたくなる」熱量は、オンラインよりも圧倒的にリアルの展示が勝っている。
 いくらそんなに貴重な場所であっても、出展者がいなければリテールテックの今年の開催は難しかっただろう。日本人は2年連続でコロナに負けるのか。本当にそれでいいのか。主催者、出展者がそれぞれに自問自答を繰り返したであろう結果として、入念な感染防止対策を施した上でイベント開催にこぎ着けた姿は、さながら業界としての「祈り」のようにも感じられた。出展者としてブースの準備から説明員対応に当たった皆さん、そして会場へ足を運んだ皆さん、筆者の質問に快く応じてくださった皆さん、本当にお疲れさまでした。
 リテールテックJAPANの来年の会期は2022年3月1日~4日、会場は東京ビッグサイトで開催予定とのこと(写真24)。その頃には、コロナ禍も現在よりは収まっているであろうことを祈りつつ、次回はフルパワーでのイベント開催に期待したい。

写真24 See You Next Year!

 

 

About Author

多田羅 政和 / Masakazu Tatara

電子決済マガジン編集長。新しい電子決済サービスが登場すると自分で試してみたくなるタイプ。日々の支払いではできるだけ現金を使わないように心掛けています。

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