【stera transitシンポジウム2024〜後編】日本全国で公共交通機関の「キャッシュレス多様化」が鮮明に

2024年8月27日にベルサール汐留(東京・中央区)とオンライン配信で開催された「stera transitシンポジウム2024」(主催・三井住友カード)。イベント後半の第2部では、stera transitを採用する交通事業者や関連する省庁、自治体の担当者5名が登壇し、公共交通におけるキャッシュレスへの期待や意義、タッチ決済乗車やQRコード乗車券の最新導入状況などを紹介した(写真1)。

写真1 当日の登壇者9名によるフォトセッションの模様。写真左から三井住友カード アクワイアリング本部 Transit事業推進部長の石塚 雅敏氏、福岡市 経済観光文化局創業推進部部長の大倉野 良子氏、琉球銀行 代表取締役会長の川上 康氏、国土交通省 総合政策局 モビリティサービス推進課課長の土田 宏道氏、三井住友カード 代表取締役社長兼最高執行役員の大西 幸彦氏、ビザ・ワールドワイド・ジャパン 代表取締役社長のシータン・キトニー氏、東急電鉄 代表取締役 専務執行役員の伊藤 篤志氏、みちのりホールディングスグループディレクターの桔川 勉氏、Visa Worldwide Pte. Limited, Head of Urban Mobility & Contactless Solutions, Asia Pacificの藤森 貴之氏

「ピカピカのMaaSを国主導の直轄事業で作り上げたい」〜国土交通省

 国土交通省・総合政策局でモビリティサービス推進課課長を務める土田 宏道氏は、特に人口5万人未満の小さな都市に顕著というが、地方部における公共交通を取り巻く事業環境の厳しさを指摘し、地域交通におけるデジタル活用の推進の必要性を説いた。「日本では民間事業者が公共交通を担っており、地域ごとに、またモードごとに複数の事業者が存在しているのが特徴。だからこそ、競争環境の中で、『定時性』や『清潔』といった高いレベルのサービスが提供できている。しかし、今後はデジタルのアズ・ア・サービスを使うことで、利便性を高め、持続性を高めていくことが大事で、目的地におけるサービスともきちんと連携することで、移動サービスの価値を高めていく」
 そのうちのキャッシュレス対応(画面1、2)に関しては、南海電鉄などタッチ決済を含めて97事業者へ国費による支援を実施した。また、同省では2019年からの5年間を通じて、全国で52のMaaSプロジェクトを支援してきたが、「地域ごとの制約やビジネス判断の制約があり、正直手詰まり感も感じている。そこで『MaaS 2.0』と銘打ち、新たにピカピカのMaaSを国主導の直轄事業として作り上げて、それを提供していくことを考えている。より高度で、より網羅的なデータが得られることに期待している」

写真2 国土交通省 総合政策局 モビリティサービス推進課課長の土田 宏道氏

画面1 (出典:国土交通省)

画面2 (出典:国土交通省)

キャッシュバック効果で利用者は3倍に〜東急電鉄

 東急電鉄・代表取締役 専務執行役員の伊藤 篤志氏は、同社沿線で展開中の「QRコード」や「クレジットカードのタッチ機能」を活用した乗車サービスの現状を紹介した。
 2023年8月に提供を始めた「事前購入型」のデジタルチケットサービス「Q SKIP」では、乗り放題交通パスや目的地と連携したチケットを展開。半額キャンペーンなどの施策も手伝って発売枚数は順調に増えており、「従来の磁気企画乗車券との比較で30%以上がQRコードに転嫁した」という。
 一方、同社線内の利用に限って今年5月にスタートした「後払い型」のタッチ決済乗車サービスも、じわじわと乗車件数と利用者数(ユニークユーザー数)が増え続けている。特にこの7月末から8月中旬の約2週間にかけて実施したVisaとのタイアップ企画、初乗り140円キャッシュバックキャンペーンの実施期間中には前2週間との比較で乗車件数が2倍、利用者数は3倍になるなど認知拡大が進んでいる模様だ(画面3)
「渋谷、横浜、蒲田、二子玉川など、乗降客の多いターミナル駅を中心に利用されているほか、外国の方にも多くご利用いただいている」

写真3 東急電鉄 代表取締役 専務執行役員の伊藤 篤志氏

画面3 (出典:東急電鉄)

タッチ決済、QRに加えてIC電子マネーに全対応〜みちのりホールディングス

 福島交通や会津バス、関東自動車などの地域交通グループを束ねるみちのりホールディングス・グループディレクターの桔川 勉氏は、「バス事業のDX」のあり方に触れ、ICカードやキャッシュレス決済によるユーザビリティ向上が、社会課題解決や生産性の向上をもたらす重要な位置付けにあることを説明した。グループ全体でのバス車両の保有数は約2,500台である。
「茨城交通の路線バスではハウスカードの『いばっぴ』が使えるが、これをどうしていくのか、また他で地域連携のICカードも導入していたのでそちらに切り替えるのか、といった議論を重ねていった。その結果、クレジットカードのタッチ決済とQRコード決済にも対応できるようアップデートすると同時に、そのすべてに1台の決済端末で対応することになった」
 これらへのサービス対応は今年2月のことだが、そこから約半年間で利用数は順調に伸びているという。直近の7月は、全体の利用件数に占める比率がタッチ決済は3%、QRコード決済が3.6%まで増えており(画面4)、現金や「いばっぴ」の残高利用からの移行が進んでいると見る。
 また、福島交通と会津バスの路線バスで今年9月から各種キャッシュレス決済を導入する予定であることを、本「stera transitシンポジウム」の当日(8月27日)に発表した。こちらは現地で利用されている「NORUCA」、「AIZU NORCA」のICカード乗車券に加えて、先述したタッチ決済とQRコード決済、さらにはnanaco、WAONの電子マネー決済にも対応する。2025年度にはSuicaなどの交通系ICカードにも対応すべく準備中とのことで、まさにキャッシュレス手段に全方向で対応する意欲的な取り組みといえる。桔川氏も、「業界用語でいう『トリプルポーリング』になる」と興奮を隠さない。
 このほか国土交通省の「共創・MaaS実証プロジェクト」に採択され、湘南モノレールの全8駅でタッチ決済とQRコード決済に対応する改札機を整備していく。同社では近く実施される「完全キャッシュレスバス」の実験にも参加予定とのことだ。

写真4 みちのりホールディングスグループディレクターの桔川 勉氏

画面4 (出典:みちのりホールディングス)

地下鉄の上限運賃サービスで顕著な伸び〜福岡市

「福岡市は地下鉄で日本初の取り組みをいろいろとやってきた。タッチ決済の実証実験もSMCC様に提案いただき、実証実験フルサポート事業として採択したものだ」
 福岡市・経済観光文化局創業推進部部長の大倉野 良子氏は、福岡市が公民連携のワンストップ窓口として2018年に開設した「mirai@(ミライアット)」の取り組みを紹介した。ミライアットは福岡市や協力機関と民間事業者の間をつなぎ、民間事業者からの新サービス創出や先端技術の実証といった提案を支援する枠組み。開始から約6年間で寄せられた相談や提案の件数は1,000件を超え、採択されたプロジェクト数は170を超える。福岡市地下鉄のタッチ決済導入も、「クレジットカードの非接触決済機能を活用した鉄道改札機等通過に関する実証プロジェクト」として2022年2月にミライアットで採択された。
 現在では福岡市地下鉄の全36駅がタッチ決済乗車に対応しており、今年4月からは実証実験から本格実施に切り替わった。タッチ決済乗車では割引運賃の施策を拡充してきており、昨年7月から1日乗車券と同額の640円で乗り放題になる(上限運賃が適用される)サービスを提供中。今後も、1カ月間の運賃が最大1万2,570円になるサービスの提供を予定しているという。
 利用者の反応も上々で、特に上限サービスを開始した昨年度からの伸びが顕著になっており、直近の今年7月は1日に約1万5,000件の利用がある。海外からの旅行者による利用も増えており、提供開始からの累計では約3割が海外発行カードによるもの。その7割弱を韓国が占め、以下はタイ、米国、台湾、香港と続く。そのうちの22%に1日上限サービスが適用された実績があるという(画面5)
 大倉野氏は、タッチ決済乗車を通じたデータ活用にも期待を寄せる。「stera transitのシステムを通じて、海外発行カードでタッチ乗車した旅行客が、その後、福岡のどの地域で買い物やサービスに消費したのかがわかってきた。すると、タイのカードだけが柳川市で多く使われていた。これは、福岡市がタイ向けにYouTubeでPR事業をやってきたことの表れだった。税金を使って事業をしている自治体にとって、施策の効果がわかるというのは大変重要なこと」

写真5 福岡市 経済観光文化局創業推進部部長の大倉野 良子氏

画面5 (出典:福岡市)

八重山エリアのバスは50%がタッチ決済乗車に移行〜琉球銀行

 琉球銀行・代表取締役会長の川上 康氏は、琉球銀行が銀行本体で自らカード事業に取り組んだ背景や、最近のstera transitへの取り組みについて説明した。
 琉球銀行は2015年から銀行本体によるクレジットカードの直接発行、また2017年からアクワイアリング事業を開始している。それまではいずれもフランチャイジーのカード子会社を通じて展開してきたが、「フランチャイズでは30年かけて(加盟店数は)7,000件だったものが、銀行本体で始めたら6年間で1万件になった。営業人数も本体でやると10倍になる。法人向けの融資だけでなく、(沖縄県では)観光をいかに伸ばすかが銀行のビジネスに直結するので、カードを伸ばすことによって銀行自体の収益を上げていく」
 こうして銀行グループ全体での県内キャッシュレス化に方針を切り替えた琉球銀行だったが、あくまで物販をはじめとする流通・サービス業をにらんだ展開が主であったため、「交通系のシステム開発には費用対効果が合わない」と判断。2021年11月に三井住友カードと交通系分野で業務提携を結んだ。「沖縄県内では独自ICカードのOKICAもあるが、県内でしか利用できないだけでなく、インバウンドも観光客も利用できない。そこで、インバウンドも観光客も使える国際ブランドのタッチ決済がベストな選択肢と考えた」
 その後、2022年頃から観光系路線バスにおいて「Visaのタッチ決済」の実証実験に取り組んだが、当時は汎用のタブレット端末を用いたこともあり、決済時間が5秒以上かかってしまったという。さらには事業者からの声として、乗車時と降車時の2回タッチ方式の採用が望まれるなどのフィードバックが得られた。
 これらの実験結果も踏まえ、2023年4月から県内公共交通機関へのタッチ決済導入を本格化した。決済端末は2回タッチにも対応する小田原機器製の「BOSS(ボス)案末」に刷新され、西表島交通、名護市コミュニティバス、東京バス(沖縄営業所)、八重山エリアの公共交通(石垣市、竹富町の路線バス、船舶のすべて)、沖縄バス・那覇バス・琉球バスの一部路線と、着実に導入箇所を増やしている。
 今年4月以降の沖縄本島におけるタッチ決済乗車の利用推移を見ると、徐々に海外客の利用比率が増えているのと並行して、沖縄県内の居住者による利用者が増加していることがわかる(画面6)
「特に八重山エリアではバスで1万件の利用があるが、そのうち50%がタッチ決済乗車に移行しており、非常に高くなっている」
 2024年度もタッチ決済の対応エリアは広がる予定で、宮古島の路線バス、ゆいレール(沖縄都市モノレール)への導入が予定されている。珍しいところでは、西表島と由布島を結ぶ「水牛車」でもタッチ決済の導入が計画されており、「おそらく水牛車へのタッチ決済の導入は世界初」。ウィットに富んだ川上氏のコメントに、シンポジウム会場はおそらくこの日一番で沸いていた。

写真6 琉球銀行 代表取締役会長の川上 康氏

画面6 (出典:琉球銀行)

ホワイエでは鉄道・バスに対応する決済端末の実物展示も

写真7 会場のホワイエにはstera transitに対応する決済端末などの実機がデモ展示されていた。小田原機器のマルチ決済端末「BOSS」は、「Bus Odawara Settlement System」の略称

写真8 同じく実機のデモ展示から。こちらはレシップ製のマルチ決済端末

 

本記事には 「【前編】タッチ決済乗車券の次なる展開、属性や購買行動を取り込む「MaaSアプリ」を来春投入へ」 があります。

 

 

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多田羅 政和 / Masakazu Tatara

電子決済マガジン編集長。新しい電子決済サービスが登場すると自分で試してみたくなるタイプ。日々の支払いではできるだけ現金を使わないように心掛けています。

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