海外旅行中の苦い体験として、免税手続きに苦労した経験のある方は多いのではないだろうか。滞在期間中にお店から貰った紙のレシートをかき集めたり、周囲の目を気にしながら貴重品袋から大事な大事なパスポートを取り出して店員さんに手渡したり。身も心も消耗してしまって、この場面だけは海外旅行の思い出に入れたくないと思うのは当然のことだろう。そんな時代も今は昔。税制改正により、日本でも今年10月からは免税手続きの電子化が免税販売店の責務となる。この絶好の機会に、欧州で実績を積んだ免税電子化サービスが日本上陸、コロナ禍後のマーケットシェア獲得に向けて動き出した。
購入客がスマホアプリでレシート写真をアップロード
海外旅行客向けに免税ソリューションを提供する米・パイシステムズ(Pie Systems)は7月14日、東京都内で日本法人設立イベントを開き、サービスの特徴と日本市場における展開について説明した。
日本法人のカントリーマネージャーに就任したのは、米国発のペイパルやスクエアといった新興決済サービスの日本進出を支えたことでも知られる水野 博商(みずの・ひろあき)氏(写真1)。決済分野とは近くて異なる免税分野にフィンテックの視点を取り込むことで、日本市場でのシェア拡大を狙う。
海外旅行客が免税販売店で免税手続きを受けようとする場合、これまでの一般的な免税手続き電子化サービスのフローでは、電子化と言いながら店舗と購入客の双方に大きな手間と時間がかかっていたという(画面1)。店舗側は通常とは異なる免税向けのレジ処理を行った上で、免税電子化用のアプリケーションを起動し、購入客が提示したパスポートと入国許可証などをスキャナーなどの機器で読み取る。その後、購入品目を入力し、免税商品の取り扱いに関する諸注意事項(出国するまでは商品を開封してはいけない、など)を購入客に口頭で説明する必要があった。そこから免税レシートが発行されて完了となる。
購入客側も、顔写真ページのスキャンのための貴重書類であるパスポートを店員に一度預ける必要があるほか、5〜10分程度の待ち時間が必要だった。
これに対してパイシステムズの仕組み(サービスブランド名は「Pie VAT」)を導入した免税販売店では、最初から特に免税向けではない通常のレジ処理で購入商品を登録する。Pie VATのアプリケーション上で発行されるQRコードないし6桁のコードを購入客に提示。その後、発行されるレシートを手渡すだけで店舗側の操作が完了する(画面2)。
一方の購入客は最初にパスポートの写真ページなどを見せて、店員の目視による本人確認を受ける。この際、店員にパスポートを預ける必要がない。次に、スマートフォンにインストールしたPie VATのアプリを立ち上げ、店舗から提示されたQRコードをスマホカメラで読み取る(6桁のコード入力でも可)。店舗から手渡されたレシートを同スマホアプリを使って撮影し、アップロードすれば手続きは完了。商品を受け取って退店可能となる。
今年10月1日からの免税手続き完全電子化にあわせた日本参入
この行程でのポイントは、あらかじめPie VATのスマホアプリにパスポートや入国許可証などの情報を購入客があらかじめ登録しておけること。これによって免税手続きにかかる時間を大幅に削減できる。厳格な本人確認のため、アプリへの情報登録時にはセルフィー撮影と組み合わせた「eKYC」を実施。さらにアップロードされたレシート情報などからも、購入商品が免税対象として適正かどうかなどの不正判定機能などを備える。
また、販売店の義務であった免税商品の取り扱いに関する諸注意事項の説明については、アプリ内に多言語で記載していることで、店頭での説明を省略できるようにした点も地味ながら処理時間の短縮に一役買っている。
そもそも電子化される以前の免税手続きでは、記入書類やレシートなどの紙書類が飛び交い、処理にかかる労力も待ち時間も非常にかかる非効率な手順が必要だった。転機となったのは平成30(2018)年の税制改正で、2021年10月1日からは免税手続きを電子化へ完全移行し、以降は紙書類によるアナログな手続きを認めないとしたことだ。パイシステムズの日本市場参入もこのタイミングをにらんだものである。
免税手続きの電子化が義務化されたとはいっても、実際には免税販売店が自ら国税庁のサーバーに向けて電子送信を行うのは難しい。そこで国税庁は、この電子送信を代行する事業者を「承認送信事業者」として認定しており、パイシステムズも2020年に国税庁の認定を受けている。
免税手続きにかかる制度変更がこのような時間軸で進んでいることから、特にアナログと電子化の併用を認める「経過措置期間」の始まった2020年4月以降、すでに各所で免税電子化サービスの導入が始まっている。しかし、パイシステムズでは海外旅行客が持参するスマホアプリを活用することで、他社よりも一步先に進めた「電子化」を提案していきたい考えだ。
免税店の初期・月額費用は無料、購入客の還付金から手数料を差し引くモデル
同社のビジネスモデルで特徴的なのは、通常この手の免税電子化サービスでは設定されていることの多い初期費用や月額費用を免税販売店から徴収しないことだ。代わりに、海外旅行客が免税手続きの結果として受ける還付金から手数料を徴収するモデルとなっている。
ところで、同社サービスのターゲットとなる観光市場は2011年頃から順調に拡大を続け、2018〜2019年には訪日観光客数が3,000万人を超える規模で推移してきた。ところがコロナ禍を受けて、2020年は400万人にまで落ち込んでしまっている状況だ(出典:観光庁)。
しかし水野氏は、コロナ収束後のマーケット回復に強い期待を寄せる。「政府の政策会議でもインバウンドの回復を図ることがうたわれ、2030年には6,000万人の訪日観光客数が目標設定されている。コロナが収束すれば急速な回復が見込まれる」(水野氏)
免税ショッピングの規模に関する指標となり得る「旅行消費額」についても、観光庁の推移予測ではコロナ前の2019年に4.9兆円だったところ、2030年までに15兆円まで拡大する目標が掲げられている。
日本国内の免税販売店の店舗数は2020年時点で5万5,000店だが、パイシステムズの調べによると、日本で潜在的に免税販売店となれる店舗の数は最大97万店舗と推測する(画面3)。仮にそうだとすれば、同社の潜在的な導入先として現在の18倍近い規模の店舗が手つかずで残っているとも言え、同社の成長余地を物語る。
「決済では1つのお店に対して複数の決済サービスが共存して導入されるのが普通だが、免税の場合にはそれがなく、そのお店に導入された1つのサービスだけが利用できる点が大きな違いであり、面白いところだと思う」(水野氏)
免税以外の用途もアプリに収斂、モバイルオーダー機能も
2018年創業のパイシステムズは、前述の通り米国の会社である。しかしながら、お膝元の米国では「市中における免税電子化のマーケットがまだ存在しない」(水野氏)ことから、2019年に欧州のデンマークでサービスを開始した。欧州は免税販売の歴史もあり、デンマークは英語が使われていることなどが決め手となり、参入を決めたという。その同じ年にノルウェーにも参入。その後コロナ禍の影響はあったものの、今年、2021年にはスウェーデンにも参入した。現在までに「Pie VAT」はEU域内の1,000店舗以上に導入されている。
今後もフランス、ドイツ、イタリア、スペインの欧州各国に加えて、南米のコロンビアへの参入を準備中である。アジアでは日本が最初の参入地域となった。
最後に「Pie VAT」のサービスが「フィンテック」を彷彿とさせる側面に触れておきたい。肝はやはり、お客側に提供したスマホアプリをフル活用する点にある。
これによる事業者側の最たるメリットが顧客データの活用だろう。訪日観光客のプロファイル情報や購入履歴情報などを活用することで、導入店舗向けに販売促進のためのツールを付加価値サービスとして提供する(画面4)。
さらにその先には「ショッピングやレストランでの消費だけでなく『コト消費』にも親和性があるだろうし、『保険』なども視野に入れている。また、事前に注文をモバイルオーダーしておいて、来店したら商品だけピックアップしていくような仕組みも提供していこうと考えている」(水野氏)
免税をきっかけに、「トラベル領域における総合デジタルプラットフォーム」を目指す(画面5)とする同社のビジョンに、決済サービス事業者が目下競い合って開発している「スーパーアプリ」の形がオーバーラップして見えてくるのは筆者だけではないはずだ。