非・バンクが発行する「デビットカード」が日本上陸、57通貨を保有できるTransferWiseの多通貨口座と連動

英・TransferWiseの日本法人、トランスファーワイズ・ジャパンは2021年1月26日、日本でも2020年9月から提供を開始した「マルチカレンシー(多通貨)口座」に紐付けて利用できるMastercardのブランドプリペイド「TransferWiseデビットカード」に関して、日本で提供を開始したと発表した。決済時、為替レートに対するマークアップ手数料がかからず、必要な手数料は事前に明示されるという特長を持ったカードは、果たしてどのような利用者に向いているのだろうか。

年会費などの維持費用はナシ、カード発行費として1,200円を徴収

 発表された「TransferWiseデビットカード」(画面1)は、同社が提供する資金移動アカウント(口座)である「マルチカレンシー口座」にあらかじめ入金しておいた資金を原資として、国内外でのカード決済(物販・オンラインなど)や海外での出金に利用できるブランドプリペイドカードである。付帯する国際ブランドはMastercardで、タッチだけでカード決済を完了できる「Mastercardコンタクトレス」の機能も搭載された(写真1)
 日本では、「デビットカード」と聞くと「銀行が発行する、銀行口座引き落とし式の決済カード」を指すものと思われがちだが、デビット(Debit)のそもそもの語彙が会計用語の「借方」から来ていることからもわかるように、海外では発行主体が銀行かそうでないかを問わず、資金引き落とし式の決済カードを「デビットカード」と総称する傾向が強い。銀行免許を持たないTransferWiseの場合も、海外での商品名をそのまま日本に持ち込んだため、名称もデビットカードになったと思われる。

画面1 TransferWiseデビットカードは、スマホアプリから残高のチャージや両替ができるほか、リアルタイムでの利用通知受信やカード機能の凍結・解除などが可能

写真1 イギリス・ロンドンでは鉄道やバスなどの公共交通機関が国際ブランドの決済カードをかざして通過できるため、TransferWiseデビットカードでの乗車が可能

 TransferWiseデビットカードの利用に際して年会費などの維持費用はかからないが、個人が申し込む場合、カード発行費として1,200円を徴収する。カードは法人向けにも発行するが、その場合のカード発行費は無料。ただし、法人の場合のみ、デビットカードの紐付け先となるマルチカレンシー口座を開設する際に3,000円の入金が必要となる(口座開設後、入金した全額が利用可能)。
 TransferWiseデビットカードの最大の特長は、マルチカレンシー口座内で通貨を交換(つまり、両替)する際の為替レートが「『本物』の為替レート」(トランスファーワイズ・ジャパン ディレクターの勢井 美香氏/写真2)であること。これには少々、補足説明が必要だ。

写真2 トランスファーワイズ・ジャパン ディレクターの勢井(せい) 美香氏

 一般に、海外でデビットカードなどを利用した際に利用者が負担する手数料は、①海外事務手数料(外貨取扱手数料)、②為替レートに上乗せされるマークアップ手数料、の2つにより構成されている。ところが「外貨取扱手数料は消費者に前もって開示されているものだが、為替レートへのマークアップのほうはお客様に前もって開示されていないことが多い。大半の消費者は、最大で6%まで上乗せが可能なマークアップの存在そのものにすら気づいていないのではないか」(勢井氏)というのが同社の問題意識だ。
 これに対して同社では、取引市場の開場時間中はロイターのリアルタイムな為替レートデータを取得し、その売買レート(TTSとTTB)の中間点である「ミッドマーケットレート」を採用しているという。その差を実感するために、具体的な金額で計算してみよう。
 仮に、アメリカのAmazonで200ドルの靴を購入する場合。ミッドマーケットレートの為替レートが1ドル=104円だった場面で、銀行やカード会社が6%に当たるマークアップを上乗せしたと仮定すると、適用レートは手数料込みで110円となる。②のマークアップ手数料だけで考えれば、200ドル×110円=2万2,000円が日本円の請求額だ。
 他方、TransferWiseデビットカードを利用した場合、ミッドマーケットレートをそのまま利用するため、請求額は200ドル×104円=2万800円となる。その差額は1,200円まで開くので、意外と馬鹿にならない(画面2)
 もっとも、TransferWiseデビットカードであっても現地通貨でカード決済を行う場合には、①の海外事務手数料に相当する部分の手数料としてマルチカレンシー口座内での通貨交換にかかる両替手数料(約0.4%〜3.0%。事前に同社のWebページで確認が可能)が必要となるので、これらを総合的に勘案した上で他社カードとの比較を行う必要はあるだろう。
「当社としては、国際送金や外国通貨での支払いの際には、誰もが自分が支払っている金額を正確に事前に知る権利があると考えている。透明性のあるアプローチは、為替レートのマークアップと事務手数料を、事前にコストとして提示すること。高い手数料や『隠れコスト』をなくして、賢くカードを使っていただきたい」(勢井氏)

画面2 マークアップ手数料を「隠れたコスト」として怪獣が破壊するイメージカット。ちなみにこの怪獣、名前を「マニキラくん」(Money Killerの意味)というそうだ

現地に赴かず、「現地の銀行口座情報を取得できる」ことの意義

 TransferWiseデビットカードは海外ATMでの現金引き出しにも対応している(カードが発行された国によって出金手数料は異なる)。
 カードの原資となる残高を格納するマルチカレンシー口座では、世界57種類の通貨を保有でき、スマホアプリを用いて異なる通貨間での両替が都度できるほか(画面3)、デビットカード利用時に現地通貨の残高が不足する場合には、その時点で最も有利な為替レートの通貨を自動で選択して両替する「自動両替技術」が適用される。

画面3 57種類もの通貨に対応する多通貨ウォレットは珍しい。残高の入金は日本円を含む19通貨に対応

 また、マルチカレンシー口座には8つの現地の銀行口座情報(英ポンド、ユーロ、米ドル、オーストラリア・ドル、ニュージーランド・ドル、ハンガリー・フォリント、ルーマニア・レイ、シンガポール・ドル)を取得して紐付けられるようになっていることも特徴的だ。これによりマルチカレンシー口座の保有者は、現地での居住所の申告や、現地の銀行支店などへ訪問することなく、現地の銀行口座情報が入手可能。この口座情報を用いれば、世界24カ国以上で送金の受け取りが可能となる。
 特に、日本円以外での支払いや国際送金に際しての手数料の安さを訴求するTransferWiseデビットカードとマルチカレンシー口座の商品特性から、同社では主に以下のような利用者層を想定しているという(画面4)
 1つ目は海外駐在者や海外オンラインショップの利用者。外貨への両替や保有、送金、受け取りのほか、海外のオンラインショップでの買い物にカードが利用できる。2つ目は転勤や留学で海外に移住する日本人。容易に現地口座が開設できるため、赴いた国で住所証明を待たない時点からすぐにカードが使えるメリットがある。渡航前に現地口座の情報が取得でき、金銭の受け取りや母国への送金も可能だ。
 3つ目は海外旅行者。銀行が発行するデビットカードと比較して相対的に安価な手数料でカードが利用できる。そして4つ目は、中小事業者(法人)やフリーランス(個人事業主など)。海外現地の口座を通じて金銭の受け取りができるため、例えば外国の企業に対して送付する請求書を現地の通貨建てで発行することができるほか、従業員に対する海外送金なども可能。現地通貨によるやり取りとなるため、海外送金には当たらず、送金手数料などの面でもメリットが大きい。法人用デビットカードも利用できる。

画面4 同社が想定するTransferWiseデビットカードとマルチカレンシー口座のユーザー層

日本では2015年に資金移動業者登録、国際送金専業から多通貨口座の提供へ

 TransferWiseの名称を聞けば、すぐに海外送金のサービス名として連想を馳せる読者も多いだろう。2011年にイギリス・ロンドンで創業した同社は、既存の銀行間ネットワークであるSWIFTを利用せずに世界各国の国内ネットワークを利用することで、「より安く、より早く、料金体系のわかりやすい」(前出の勢井氏)国際送金サービスを実現し、提供することをミッションに掲げた。
 その後、国際送金に続き、こちらも利用者からのニーズに応える形で、安いコストを保ちつつさまざまな通貨で資金を管理できる手段として、「マルチカレンシー口座」のサービスを2017年からイギリスとヨーロッパで開始。さらに2018年には「TranserWiseデビットカード」を同じくイギリスとヨーロッパでサービス開始した。2019年にはアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポールへと提供範囲を広げている。
 日本市場へのアプローチは2015年にさかのぼる。資金決済法に基づく資金移動業者として関東財務局の登録を受け、国際送金をサービスメニューに掲げた。その後、2020年9月からはマルチカレンシー口座のサービス提供を個人向けに拡大した。
 「日本の消費者に向けてデビットカードを提供できて嬉しい」と記者発表会で笑顔を見せたTransferWiseのクリスト・カーマンCEO(写真3)。近年、ここ日本でも発行する企業の数が格段に増え、また提供する企業の業態もバリエーションに富んできたかに見えるブランドデビットやブランドプリペイドのマーケットに、新風を巻き起こせるだろうか。

写真3 オンラインでの記者発表会に出席したTransferWise創業者でCEOのクリスト・カーマン氏は「国際送金から始まったビジネスだが、マルチカレンシー口座、デビットカード、さらには企業の会計支援へと展開が広がっている。最近ではmonzo(イギリス)やbunq(オランダ)のように、銀行が送金用途として自社アプリにTranserWiseを組み込むところも出てきた」と事業発展の経緯を振り返った。日本市場については「私どもにとって非常に重要であり、アジアでの第一の市場としていち早くサービス提供してきた。当社のお客様にとっては不便でしかなかった(資金移動業者に対する)100万円の上限についても、日本の規制当局の検討スピードが上がってきた。われわれのソリューションで不便を解決していきたい」とも。

画面5 海外ではTransferWiseの国際送金機能を銀行が組み込んで提供する例も出てきている

 

 

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多田羅 政和 / Masakazu Tatara

電子決済マガジン編集長。新しい電子決済サービスが登場すると自分で試してみたくなるタイプ。日々の支払いではできるだけ現金を使わないように心掛けています。

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