【知ってると誰かに話したくなるトリビア】接触しないから「コンタクトレス」なのではありません。

新型コロナウイルスの感染を防止しながら、日常生活を取り戻していくための新しい生活様式の中で、「非接触」という言葉に注目が集まっている。非接触は英語では「コンタクトレス」と発声されるが、そもそもの言葉の由来となったと思われる「非接触型ICカード」の成り立ちをたどってみると、「接触(コンタクト)しない(レス)」=「非接触(コンタクトレス)」といった単純なものではないことがわかってくる。鍵を握るのは、「コンタクト」とは何か? という設問である。

時代が要請する「非接触」対応とは

 新しい生活様式の実践に有効と目される「非接触」には、いくつかの手法が存在する(図1)。代表的なのは、お店で店員との接触を防ぎながら支払いを済ませることのできる「非接触型ICカード」を使った電子決済。同じキャッシュレスの中でも、端末装置に直接触れて暗証暗号を入力したり、お店のペンをお借りして署名をしたりする必要のある「接触型ICカード」や「磁気カード」に比べると、衛生面で有利だ。電子決済でいえば他にも、バーコードやQRコードを用いる「コード決済」が「非接触」に利用できる特長がある。
 少しでも衛生的に買い物を済ませたいという現在のニーズは、何も日本に限らず、世界共通のものである。実際に「非接触型ICカード」を用いるコンタクトレス決済には人気が集中しており、世界中で利用が急伸する状況となっている。

図1 小売・サービス業における「接触」と「非接触」対応(主な例)。狭義の「非接触」である「非接触型IC」のみ赤字で表記した

 ところが、買い物などの際に店内での接触を避けようと考えると、支払い行為以外にも他の「接触」が避けられないことがある。例えばレシートの受け渡しもその一例。直に手渡しをせず、いったんコイントレーに置くなどして対策を工夫するお店も多いが、そもそも紙の授受が必要なこと自体が根源的な問題であり、電子レシートなどによる解決を待つ必要があるだろう。
 近頃、設置が当たり前となりつつあるセルフレジも、「非接触」対策には極めて有効だ。セルフレジはそもそも無人対応なので、少なくとも店員と直に対峙することがない。先に挙げた紙のレシートだって、手渡しの場合と比較して、機械から自動で発行されるのを受け取る場合の緊張感は限りなく小さい。(それでも、客同士でタッチパネルを共有する課題は残るので、機器の定期的な清掃が求められる)

 人と人とが「接触する」ことの意義は決して軽いものではなく、人間のコミュニケーションにとってかけがえのない、取り替えの効かない重要なインターフェースである。避けられたり、失われたりすることが未来永劫続いてよいことなど決してないし、誰もそうは考えていないだろう。
 だからこそこの難局において、被害を最小限に食い止め、少しでも早期に終息させるためにも、「非接触」に生活する方法の実践に知恵を結集しなければいけないのである。

接触しないのに「タッチ決済」はミスマッチ?

 さて、本題に入ろう。筆者はかつて、「コンタクトレス(Contactless)は『接触しない』ことを意味するので、それに相当する日本語として、物理的に接触することを意味する『タッチ』を当てるのは適切ではない。意味として両者は真逆の関係にあるからだ」というご意見を小耳に挟んだことがある。海外で「コンタクトレス決済(Contactless Payments)」として普及している電子決済方式の日本での訳語として、「タッチ決済」と呼ぶのは適切ではないとの指摘だ。
 確かに、コンタクト・レスを日本語に直訳するならば「非接触」。読んで字のごとく、接触がレスなのだから、ごくわずかな時間であったとしても触れる(接触する)ことを示す「タッチ」とは根本的に意味するところが異なる。
 しかし、言葉の成り立ちをもう少し丁寧に解き明していくと、意外な事実に行き着く。注目したいのは「コンタクトレス(Contactless)」という言葉が世界で初めて定着したのが、おそらくは日常生活にまつわる言葉としてではなく、ICカードの種類としてだったのではないかと考えられることだ。
 カード上に半導体の集積回路を搭載するICカードが発明されたのは今を遡ること50年前、1970年代のことだが、その使い方としては、ICカードを読み取り装置に差し込んでICチップ内部の情報を読み込ませる「接触型ICカード」であった。今でこそ私たちの生活に溶け込んでいる「非接触型ICカード」が登場してくるのは1990年代以降のことである。
 このように先んじて登場した「接触型ICカード」だが、英語では「Integrated Circuit Cards with contacts」と書く。え? 海外では「Smart Cards(スマートカード)」とか「Chip Cards(チップカード)」と言うのが一般的じゃないの? と思った方、よくご存じで。それも正解なのだが、ここで問題にしたいのはその箇所ではなく「with contacts」のほうなので、ここはひとまず気にせずに読み進んでほしい。
 例えば、ICカードの技術基準を定めた国際規格(ISO)を紐解いてみると、以下のような規格がある。

ISO/IEC 7816-2:2007
Identification cards — Integrated circuit cards — Part 2: Cards with contacts — Dimensions and location of the contacts

 「with contacts」とある。「接触と一緒にあるカード」、っていったいどういう意味なのか。前置詞の「with」がこんなに注目されるなんてブルゾンちえみ以来ではないか。
 ISO規格の日本語での販売サイト(必ずしも日本語訳の販売ではない)を運営している日本規格協会では、上記の規格に対して以下の日本語を当てている。

ISO/IEC 7816-2:2007
識別カード-ICカード-第2部:外部端子付カード-外部端子の寸法及び位置

 

「コンタクト」・・・オマエのことだったのか!

 なるほど、contacts(コンタクト)とは「外部端子」を指していることがわかった。ここでいう外部端子というのは、これ(図2)のことである。読者の皆さんも、キャッシュカードやクレジットカードで日頃から見慣れているであろうアイツである。

図2 接触型ICカードの外部端子(例)

 時折り、このピカピカ目立つ外部端子を指差して「これがICチップ」と説明する人がいるが、厳密に言えば、ICチップは外部端子の裏側にひっそりと身を隠しており(図3)、こじ開けるでもしない限りその姿は外部から決して拝むことができないのである。

図3 ICチップが埋め込まれた部分の断面図(接触型ICカードの場合)

 閑話休題。つまり「コンタクトレス(Contactless)」とは、ことICカードの話題においては「外部端子なし(without contacts)」を意味することが確認できた。
 では念には念を入れて、この機会に非接触型ICカードの国際規格の名称も確認しておこう。最新版ではないが、次のような記載がある。

ISO/IEC 14443-1:2016
Identification cards — Contactless integrated circuit cards — Proximity cards — Part 1: Physical characteristics

これに対応する日本規格協会の日本語訳は、以下の通り。

ISO/IEC 14443-1:2016
識別カード-非接触(外部端子なし)ICカード-近接型カード-第1部:物理的特性

 

 以上のことから、「接触しない」=「コンタクトレス(非接触)」が、言葉の由来ではなかったことがおわかりいただけただろうか。だから、「コンタクトレス決済」を「タッチ決済」と言い換えることも、決して間違いではないだろう。

 ただ、だからといって、「知ってる? 接触しないから非接触なんじゃなくて、外部端子がないから非接触なんだよ?」と周囲の人たちにあなたが興奮気味に話したとしても、きっと皆さんの反応は「お、おう・・・」くらいが妥当なので、言いふらされる際にはご留意のほどお願いいたします。

 

 

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多田羅 政和 / Masakazu Tatara

電子決済マガジン編集長。新しい電子決済サービスが登場すると自分で試してみたくなるタイプ。日々の支払いではできるだけ現金を使わないように心掛けています。

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