観光客の消費税還付手続きをスマホ1台で完全デジタル化〜Mastercardが見込んだスタートアップの先見の明

Mastercardは1月24日、東京・渋谷の Mastercard ジャパンオフィスで記者説明会を開催し、同社のスタートアップ支援プログラム「Start Path(スタートパス)」について最新の動向を紹介した。日本でも営業するスタートアップ2社も出席し、両社の事業内容についても説明した。

選ばれるのは「1600分の40」の狭き門

 Mastercard・イノベーションマネジメントマネージャーの福盛 雄也氏(写真1)は、「年間約1,600社からの申し込みがあるが、そこから選ばれるのはわずか40社と、大変狭き門になっている。いわばMastercardがデューデリをやっているようなもの」と、同社の「スタートパス」に寄せるベンチャー企業からの注目度の高さと、実績をアピールした。現在までに約200社のスタートアップ企業が選出されたという。

写真1 Mastercard イノベーションマネジメントマネージャーの福盛 雄也氏

 選出された企業が取り組む事業分野の内訳はこうだ。セキュリティ11%、エンゲージメント12%、エクスペリエンス15%、エフィシエント(効率化)25%、フィンテック30%、インクルージョン(包摂)7%。これを見ると、決済ブランドであるMastercardのプログラムでありながら、直接、決済と関連する「フィンテック」は全体の30%にとどまる。
 その理由について福盛氏は、「Mastercardが構築しようとしているのは『包括的なデジタル金融ライフサイクル』であり、そこでは『PAY』だけが飛び抜けていてもダメ」と説明する。そして、その言葉通りに、カードユーザーとカード加盟店それぞれの環境を取り巻く必要要素についてスタートアップ企業の選出を図ることで、これを実現しようとしている(写真2)

写真2 Mastercardの考える「包括的なデジタル金融サイクル」

 選出されたスタートアップ企業は、Mastercardによってカード会社・金融機関、マーチャントへ大々的に推奨されるほか、Mastercardの有する他市場での先行事例や、先進的な専門知識、各種のコネクションが受けられる。また、スタートアップ企業を交えたパイロットプロジェクトの構築や、プロジェクト結果の評価分析までのサポートも受けられるという。

 

中国人観光客の消費税還付手続きをスマホだけで完結〜ツアレゴ

 記者説明会ではMastercardと協業している優秀なスタートアップ企業として、2社が登壇して事業内容のプレゼンを行った。
 Tourego(ツアレゴ)社はシンガポールのスタートアップで、中国からの観光客向け(写真3)にスマートフォンアプリを提供し、消費税の還付を簡便に受け取れる仕組みを開発、2017年10月から提供している。従来、免税の還付金を受け取るには、商品を購入する店舗に加えて空港の税関で自身のパスポートの提示と紙書類による手続きが必須なため、長い時間行列待ちをしなければならないなどの課題があった。

写真3 中国人観光客は旅行決定前から旅行中まで(パソコンではなく)一貫してスマートフォンを使用する傾向が顕著だという

 それに対してツアレゴアプリを使えば、あらかじめパスポートをスマホカメラでスキャンして取り込んでおくことができ、店舗に掲出されたQRコードをスキャンするだけで免税手続きが完了するという(写真4)。還付金はクレジットカードに戻ってくるため、まさにMastercardとの協業が意味をなす部分だ。

写真4 ツアレゴのサービス利用フロー。パスポートをスマホで読み込み、お店ではQRコードをスキャンする

 ツアレゴの経営陣は、シンガポールの内国歳入庁で税務に携わってきたプロフェッショナル揃い。免税手続きの電子化に関し、その要諦を知り尽くしたチームが開発したサービスといえる。また、説明会前日の1月23日に登記が終わったばかりというツアレゴ日本法人の森 茂樹氏(株式会社Tourego Japan 代表取締役 / 写真5)も、日本の国税庁に長く勤めたという異色のキャリアの持ち主だ。
 森氏は「2020年4月からは日本でも電子化された手続きで還付が終わるようになる。税率が8%から10%に上がる増税はチャンスだ。日本でもツアレゴの仕組みを導入できるように協議を進めていく」と日本進出に意欲を見せる。

写真5 Tourego Japan 代表取締役の森 茂樹氏

クラウドソーシングで高品質なトレーニングデータをAI向けに供給〜ディファインドクラウド

 もう1社のスタートアップ企業は、アメリカ・ワシントン州シアトルに本社を置くDefinedCrowd(ディファインドクラウド)社。2015年創業の同社は、AI(人工知能)に対して「効率的なデータ基盤」を提供するという。
 例えば、AIを搭載したスマートスピーカーに「お母さんに電話して」と声を掛けたとしよう(写真6)。ところがスマートスピーカーから帰ってきた返事は「どちらの岡さんに電話しますか?」。アドレス帳に登録されている「岡」や「丘」などを姓とする対象者を一覧表示して指示を求めてた。ここで利用者が「違う、お母さんに電話して」と呼び掛けた直後、スマートスピーカーは「岡本」さん宛てに電話を発信し始めた・・・。

写真6 AIと人間の会話、失敗例

 実際にありそうなAIの失敗談だが、DefinedCrowd・アジアパシフィック ゼネラルマネージャーのアヤ・ズーク氏(写真7)に言わせると「こういうことが起こるのはすべて『データの問題』」なのだという。
 「アルゴリズムがどんなに良くても、良いデータがなければ意味がない。実際にデータサイエンティストの業務のうち、実に80%をデータ関係が占めてしまっている。AIには高品質なトレーニングデータが必要不可欠。(それを当社は)より優れた品質で、比類ないスピードで、グローバル規模で提供する」(ズーク氏 / 写真8

写真7 DefinedCrowd アジアパシフィック ゼネラルマネージャーのアヤ・ズーク氏

写真8 AIにとって不可欠な要素

 このトレーニングデータを供給するために、同社が世界規模で構築したクラウドソーシングのコミュニティが「Neevo(ニーボ)」。世界では約70カ国から10万人以上が登録しており、カバーする言語は50以上。日本からも学生を中心に約7,000名が参加しているという。これらの「参加者」にクラウドソーシングで発注したトレーニングデータを、「顔認識設定(写真9)」「STT(スピーチ・トゥ・テキスト)」「支払チャットボット」などの精度向上に生かしているという。
 事業パートナーとして、IBMの「Watson(ワトソン)」にはフルインテグレーションで関わるほか、マイクロソフト、アマゾン、そしてMastercardとは共同販売を行っている。

写真9 アジア系の顔認識設定

主役は技術から、「ヒューマンセントリック」に

 MastercardのStart Pathプログラムでは年に一度のイベントとして、アメリカ・マイアミで「Start Path Summit」を開催している。昨年(2018年)は11月に開催され、40社のスタートアップ企業が参加した。各社から3分間のピッチ(プレゼンテーション)が行われた後、カード加盟店や金融機関を交えたネットワーキングが行われ、世界中から500名以上が出席したという。
 昨年のサミットに参加した福盛氏は、そこで見られた4つの傾向として、①ヒューマンセントリック(人間中心)、②eKYC・コンプライアンス、③業務効率の改善、④AIの実用化、を挙げた。
 スタートアップ企業の具体的な取り組みについて、以下の写真(写真10〜14)で紹介する。

写真10 「Pay By Group」はネットショッピングの際に「割り勘」できるサービス。ECサイトにスクリプトで埋め込まれた「split the cost」ボタンを押すと、割り勘したいメンバーのメールアドレスにメッセージと支払いURLを通知する。共同でプレゼントを購入したい場面などで活躍しそう。コンバージョン率は26%向上、平均購買単価も16%向上したとのこと

写真11 「Snapswap」はスマートフォンの顔認証でKYCを行うことで、完全オンラインでのサービス登録を可能にするサービス。コンバージョン率が30%向上しただけなく、手続きにかかるコストは10分の1に

写真12 「TrustStamp」は生体認証をハッシュ値で照合するeKYCソリューション

写真13 「Extend」は、コーポレートカードの与信枠を条件付きで切り出して、従業員やフリーランスが使用できるバーチャルカードを発行するサービス

写真14 「James」は、ローンのターゲット顧客の選定からモニタリング、改修業務までカバーできるクレジットリスク分析専用のAIサービス。貸し倒れ率が30%改善、業務コストは半分以下になったとのレポートも

 

About Author

多田羅 政和 / Masakazu Tatara

電子決済マガジン編集長。新しい電子決済サービスが登場すると自分で試してみたくなるタイプ。日々の支払いではできるだけ現金を使わないように心掛けています。

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