日本企業のソラミツが原型を開発したブロックチェーン、「Hyperledger Iroha(ハイパーレジャー・いろは)」が、このほど商用化バージョンの認定を受け、一般提供が始まった。企業を含めて無償で利用できる。スマートフォンとの相性がよく、決済や認証を必要とするシステムの構築に不可欠なコマンド群もあらかじめ定義。電子決済サービスの開発効率化にも大いに貢献しそうな「いろは」の特徴と、それを主導するソラミツの事業を展望する。
日本企業のソラミツが原型を開発したブロックチェーン
米国時間5月6日、ブロックチェーン基盤の「Hyperledger Iroha(ハイパーレジャーいろは、以下「いろは」)」は商用バージョン(V1.0)としての認定を取得し、一般提供(general availability)が始まった(写真1)。「いろは」は、2016年2月創業の日本企業、ソラミツがその原型を開発して無償提供し、その後300名を超えるコミュニティメンバーが参加して開発が進められてきた。オープンソースとして無償での利用が可能で、開発者向けサイトのGitHubを通じて誰でもダウンロードできる。
「ブロックチェーン=仮想通貨(暗号資産)」との誤解は、電子決済サービスに携わる業界関係者の中では少ないのではないかと思われるが、仮想通貨は「ブロックチェーンを利用したアプリケーション(サービス)の1つ」と位置付けられる。それに対してブロックチェーンである「いろは」は、特定のアプリケーションを指す言葉ではなく、さまざまなアプリケーションをその上に載せて動かすための土台のソフトウェアといえる。Windows OSの上で動くOfficeアプリケーションとの関係に例えると、Windows OSに当たるのが「いろは」で、Officeアプリケーションに当たるのが「仮想通貨」となる。もちろん、「いろは」の上で動くのは「仮想通貨」だけではない。さまざまな用途に向けた、さまざまなアプリケーションを開発して動作させることができ、「キャッシュレス決済」や「デジタル通貨」などへの応用も大いに想定されている。
B2C利用への最適化でモバイルと親和性
ブロックチェーンは世界中で多くの企業やコンソーシアムなどがそれぞれこぞって開発を進めており、さまざまな派生系が存在する。ソラミツによると、「いろは」は数ある他のブロックチェーンと比べて、B2Cマーケットを志向している点が特徴であり、モバイル向けSDKを豊富に提供しているという。5月8日に都内で開いた記者発表会に登壇したソラミツ・SORAディレクターの宮沢 和正氏(写真2)は、「『いろは』は、モバイルのようなユーザーが直接触るものに向いている」と説明する。
もう1つの強みは、企業の導入に耐える安全性と信頼性だ。実は、このほど商用バージョンとして認定された「いろは」V1.0のアルファ版がリリースされたのは2017年12月のこと。「そこから認定取得までの1年と4カ月、主に金融機関や企業が使えるような、安全性と耐久性の改善に時間を掛けた。結果として、どなたにも無料で、安心して使ってもらえるものになった」(宮沢氏)と自信をのぞかせる。
これらの特徴が評価された結果、海外ではカンボジア国立銀行が「いろは」の採用を決め、2017年4月から新しい国家の決済インフラをソラミツと共同開発している(写真3)。この決済インフラの上では、当面はカンボジア国内で流通している2種類の通貨、USドルとカンボジア・レアルに対応するデジタル通貨を利用できるが、将来はさまざまなデジタル資産を含めて利用できるようにする計画だ。
現在はまだシステム構築とフィールド試験のさなかにあり、一般のユーザーは利用できないが、公開された開発中のスマートフォン画面(写真4)を見ると、日本でも増えてきたコード決済のサービスと同様のインターフェースが確認できる。この仕組みの裏側をブロックチェーンの「いろは」が支えている。
日本のキャッシュレス決済への採用は?
ソースコードが無償で利用できるため、開発コストが抑えられる。提供しようとするサービスの実装に必要な基本的なコマンド群もあらかじめ用意(写真5)されており、開発の効率化か可能。そう聞くといいことづくめに聞こえるが、だとすれば昨今、日本全国で頻繁に誕生している「国産コード決済」に「いろは」を採用する企業が現れるのもそう遠い先の話ではないのではないか? そんな筆者の素朴な質問に、宮沢氏はこう答えてくれた。
「カンボジア国立銀行の仕組みをダウンサイズすれば、日本でも『企業通貨』や『地域通貨』のシステムを容易に作れる。10人も人が関わらずに『軽いキャッシュレス決済』を実現できるということ」「ただし、決済システムの構築で一番大変なのは銀行との接続。ブロックチェーン側には費用はかからないが、銀行システムやPOSシステムとのインテグレーションに費用がかかるため、トータルであまり変わらないことがある」
ここで問題の本質にあるのは、既存システムの存在だろう。すでに完成されたシステムが稼働している日本に対して、ゼロから開発を進めているカンボジア。置き換えではなく、新たに作り上げるようなシステムにこそ「いろは」の価値が認められやすい事情があるとすれば、自ずと有望な導入先が見えてくる。
そこでソラミツでは東京大学、会津大学、GLOCOMと共同で、地域通貨や学内通貨、企業内通貨の実証研究に取り組んできたという。法定通貨と直結するキャッシュレス決済そのものというよりは、エリアを限定したクローズドな通貨のシステムのほうが相性が良い、というのが、「いろは」の日本の電子決済におけるこれまでの『使い道』といえそうだ。
電子決済関連以外では、本人認証(KYC)の用途で、楽天証券やインドネシア銀行グループが、また契約管理やデジタル資産管理の用途で、あいおいニッセイ同和損保、モスクワ証券取引所グループが「いろは」を活用したシステムを導入(試験運用を含む)しているという(写真6)。
ソラミツでは今回の商用バージョン認定を機に、自社単独でなく、世界中のパートナー企業(写真7)と連携することで、営業の拡大を図りたい意向だ。
スマホ紛失時の秘密鍵再発行や、個人情報保護の扱いに特徴
ブロックチェーン「いろは」には、先に挙げた「定義済みコマンドが用意されている」以外にもユニークな機能が搭載されている。
取引のプライバシー保護もその1つだ。例えば、ビットコインなどの仮想通貨では、誰もが取引履歴を閲覧できる仕組みになっている。これに対して「いろは」では、特定の参加者に対して役割(ロール)や権限(パーミッション)を付与して、情報へのアクセスを制限できる(写真8)。
また、権限の集中を防ぐため、分散型権限管理を採用。「三権分立体制」で管理・運営できる仕組みとなっている(写真9)。
さらには「いろは」を使って構築されたサービスにアクセスする際に必要となる「秘密鍵」の紛失にも対応。スマートフォンなどモバイルでの利用をにらんで開発された「いろは」ならではの発想ともいえるが、例えば秘密鍵を格納してあるスマートフォンを紛失した場合、正当な手続きを踏むことで秘密鍵を安全に付け替える処理に対応している。携帯電話紛失時の利用者保護にもつながる機能といえる(写真10)。
本人認証の用途では、個人情報の取り扱い方に特徴がある。一般的な運用では、企業がユーザーから個人情報を預かり、ユーザーの許諾を得て第三者提供の可否を判断する。しかし、「いろは」を使う場合には、個人情報がユーザーのスマートフォンに格納され、企業に所有されることがない。あくまでユーザー自身の判断により他の企業へ個人情報を提供する手順でしか利用できない(写真11)。またこの方式はEUのGDPR(一般データ保護規則)の個人情報取扱基準に準拠しているという。
リナックスコミュニティが支援するプロジェクト
なお、「いろは」が冠する耳慣れない「Hyperledger(ハイパーレジャー)」の言葉は、ブロックチェーンの開発プロジェクト名を指す(写真12)。折しもソラミツの創業と同じ2016年2月にリナックス・ファウンデーション(Linux Foundation)が立ち上げた活動で、実際には「いろは」以外に「FABRIC」「SAWTOOTH」「BURROW」「INDY」「GRID」の計6プロジェクトが稼働している(写真13)。これらハイパーレジャーのブロックチェーン6プラットフォームの中で、「いろは」は4番目に商用バージョンとなったことになる。