国際決済ブランド対応のカードやスマホをかざすだけで、電車やバスなどの公共交通機関にそのまま乗車できる「タッチ決済乗車」に、首都圏ではいち早く対応した江ノ島電鉄。その江ノ電で、今月初旬から同じく国際決済ブランドのタッチ機能を利用した新しいサービスが始まった。三井住友カードが提供する総合交通アプリ「Pass Case」を通じて販売開始になったデジタル1日乗車券、「のりおりくん」の使い勝手を導入初日の江ノ電で思う存分体験してきた。
サインインはメアドのみでOK、対応ブランドはVisaのみからスタート
今月、3月13日から江ノ島電鉄(以下、「江ノ電」という)が発売したデジタルチケットの1日乗車券「のりおりくん」を使うと、購入時に使用したVisaカードをタッチ決済改札にかざすだけで丸一日、江ノ電の好きな駅で乗り降りができる。観光スポットも多い江ノ電沿線の観光にはうってつけの便利なサービスといえる。そこで一番乗りとばかり、サービス開始の初日、Visaカードとスマホを片手に「のりおりくん」の使い心地を体験してきた。
スタートは江ノ電の発祥の地と言われる藤沢駅から。最初にやることは、総合交通アプリ「Pass Case(パスケース)」のインストールである(画面1〜4)。アプリストアで検索してダウンロードしたら、まずは利用規約とプライバシーポリシーに同意する。すると、さっそくアプリのTOP画面に販売中のチケットとして「江ノ電1日乗車券『のりおりくん』」のチケットアイコンが表示されるので、画像をタップして進む。利用区間は藤沢駅から鎌倉駅の間で、1日乗り放題で料金は800円(税込み)。

画面1〜4 Pass Caseアプリをインストールすると、いきなり販売中のチケット(3月13日時点では江ノ電の1日乗車券「のりおりくん」のみ)が表示された。手数料はかかるが、払い戻しにも対応する
「購入手続きへ」を選んで進むと、ここでメールアドレスの入力が求められる。ここから氏名や住所の入力といった面倒な会員登録手続きが始まるのかと思いきや、求められるのはこのメールアドレスのみ。パスワードの設定すら必要なかった。表示されるサービス利用規約に同意すると、いま入力したメールアドレス宛てに認証のためのURLが通知されたことを知らせるメッセージが現れた。
ここでアプリを切り替えてメールをチェックすると、確かにそれらしきメッセージが届いていた。メール文中の「サインインする」をクリックすると、再びPass Caseのアプリ画面に戻ってきた。この画面では、カードによるタッチ決済の説明と、利用可能な国際決済ブランド(現時点ではVisaのみ)の説明があるので、確認して進む。
次に、カード番号と有効期限、CVCの入力を求めるシンプルな画面に移るので、必要な情報を入力して登録する(画面5)。その後、「生年月日」(任意項目)と、「性別」「居住地」を入力すると会員登録が完了した。
再び現れた「購入手続きへ」のボタンを選んで進むと、1日乗車券を利用したい日付を選ぶためのカレンダーが表示された。利用したい日付を選ぶとチケットの購入画面に変わるので、先ほど登録したカードにチェックを入れて、決済を完了する(画面6〜9)。ちなみに、利用した際にはまったく気が付かなかったが、担当者によるとカード決済自体は決済代行会社を介して行われており、裏側では「EMV 3-Dセキュア」の仕組みも動いているとのこと。つまり、安全面での心配もご無用だ。

画面5 デジタル乗車券の購入に使用する決済カードの登録画面は至ってシンプル

画面6〜9 利用日をカレンダーから選択して乗車券を購入する。開始時点では複数枚の購入に対応していないが、三井住友カードでは今後、チケットの分配機能などを含めて検討していくという
こうして無事にデジタルチケットの発券が終わると、領収書が先ほど登録したメールアドレス宛てに届いていた(画面10〜12)。ちなみにメール本文に書かれた領収書の最下段に「チケットウォレットを開く」のボタンがあったので押してみたところ、Pass Caseのブラウザ版入り口に遷移した。メールアドレスでサインインすれば、(アプリだけでなく)ブラウザからでもチケットの購入や内容確認が出来るようになっていた(画面13)。

画面10〜12 購入が完了すると、Pass Caseの「チケットウォレット」に乗車券が収まる流れ。タッチが利用できない場合に駅係員にチケット情報を提示する機能も搭載されている。領収書がメールで送られてくる点も嬉しい

画面13 利用登録後は、メールアドレスによるサインインさえ出来れば、アプリだけでなくWebブラウザからもPass Caseが利用できる
これにて「のりおりくん」の用意は完了。あとは購入時に使用した三井住友カードの「Oliveフレキシブルペイカード」(忖度しました)だけ手に持って、改札口の端末にお見舞いするだけである。
江ノ電で誰がタッチ決済を使っているのか?
ところで江ノ電といえば、2023年4月からと、首都圏の鉄道では先頭を切ってタッチ決済乗車に対応した交通事業者だが(写真1)、それ以降のタッチ決済乗車の利用傾向はどのようになっているのだろうか。江ノ島電鉄・常務取締役の嶋津 重幹氏(写真2)に聞いた。

写真1 藤沢駅の改札口風景。最左列の窓口隣接通路の窓に、タッチ決済乗車用の読み取り端末が設置されているのが見える

写真2 江ノ島電鉄 常務取締役の嶋津 重幹氏
「江ノ電は定期以外の利用が多く、中でもインバウンド(訪日観光客)の利用が多い。自国で使っているカードがそのまま使えるタッチ決済は、お客さまのストレスと、駅係員の対応時間ロスの両方を軽減するものと期待している。観光スポットが(沿線の)あちこちに点在する一方で、乗車券はほとんどが駅で購入いただいていたので、お客さまにご不便をおかけしていた」
しかし、現在のタッチ決済乗車の利用実態としては、「インバウンドよりも日本の方のご利用が多い」(嶋津氏)。stera transit利用状況の全体で見れば、実に9割が日本人の利用で、インバウンドは1割程度にとどまる。この傾向は江ノ電でも同様だという。その理由について嶋津氏は、「旅先のガイドなどもあり、いまはインバウンドの人たちは空港などで交通系ICカードを買ったりしてから(江ノ電にも)訪れているのではないか」と分析する。
一方で、今回のPass Caseは日本語以外に英語、中国語、韓国語の4カ国語に対応する。江ノ電ではこれらの特長をアピールすることでインバウンド対応を強化するほか、これまで紙で発行してきた乗車券をデジタルに置き換えることで、購入時の不便さを解消することを狙っていく。
「企画乗車券は年間40万件弱が発売されているが、まだまだ圧倒的に紙の券が占めている。現在は小田急さんの『EMot(エモット)』を通じてQR乗車券を発売しているが、これに全国展開の『Pass Case』を追加することで、紙からデジタルチケットへの移行を押し進めていきたい」(嶋津氏)
「定期券の提供も視野に入れている」、SMCCは交通事業者アプリへの組み込みもにらむ
3月13日から発売になった江ノ電のデジタルチケット「のりおりくん」は、先述の通り、三井住友カードが提供する総合交通アプリの「Pass Case(パスケース)」を通じて提供されている。Pass Caseでは、交通事業者が発売する各種の乗車チケットが国際決済ブランド対応のクレジットカード、デビットカード、プリペイドカードを用いて購入でき、また、その購入に使用したのと同じカードを「乗車券」として、改札機などにタッチするだけで乗り降りできる仕組みになっている。当然、タッチ決済に対応するカードのみで使用できるが、当初はVisaブランドのカードに限って対応する。他のブランドについても順次拡大する予定。スマホから利用するApple PayやGoogle Payには現状非対応だが、2025年度内の対応を目指すとしている。
「現在は(stera transit利用の)7割がプラスチックカードで、3割がスマホから。これは日本人もインバウンドも同じくらい。国際的にはもう少しスマホの比率が高いとも聞くが、(3割も決して少なくないので)スマホでの乗車対応もやっていきたい」(三井住友カード・アクワイアリング本部 Transit事業推進部長の石塚 雅敏氏/写真3)

写真3 三井住友カード アクワイアリング本部 Transit事業推進部長の石塚 雅敏氏
前述の通り、3月13日から提供開始するサービス第1弾として江ノ電の「1日乗車券」が採用されたが、Pass Case自体は交通事業者が発行する定期券や、住民割引、回数割引、企画乗車券など、さまざまな券種やサービスへ対応が可能だという。
「定期券も視野に入れている。例えば定期を1つ取ってみても『区間』や『金額』、『時間』などさまざまな種類を提供されている。他にも地域と連携した『住民割』などのニーズも頂いており、交通事業者様が必要とされる機能を順次、開発していきたい」(石塚氏)
提供形態についても柔軟な姿勢だ。そもそもPass Caseは三井住友カードが提供するスマホアプリとなったが、その裏では同社が「SMCC MaaSプラットフォーム」と呼ぶサービス基盤が稼働しており、乗車券やチケットの発行についても共通のサービスとして構築されている。そのため、当然Pass Case以外のアプリ上で同様のサービスを提供することもできるし、アプリの提供先が交通事業者や旅行代理店であったとしてもそれらに組み込んで提供できる(写真4)。
「交通事業者がすでにお持ちのアプリにも、路線検索といった交通関連のアプリでも、あるいは行政や地域アプリなどへも展開していきたい。(MaaSでは複数事業者がそれぞれに分かれてサービス提供することも多いが)当社はどこに載っていたとしても同じように使うことができ、『カードで購入して、(購入したその)カードで乗る』のように、決済手段と移動手段が一本化しているのが特長。都度乗車も、企画乗車券も、どちらも同じ乗車方法になるので、駅係員の負担も軽減できるのではないか」(石塚氏)

写真4 2025年3月13日に開催された「総合交通アプリ『Pass Case』新サービス説明会」の資料より
江ノ島に到着、「私はタッチ決済の都度乗車ユーザーではない」ことを示そうとするならば・・・
さて、購入した「のりおりくん」にしっかりと紐付けられたOliveカードを片手に、さっそうと藤沢駅の改札へ赴いた筆者。ここで、ふと、重大なことに気が付いた。Oliveカードを端末にタッチして通過するだけでは、「ただ、タッチ決済対応のVisaカードを使って都度乗車しているだけの人とまったく同じに見えるのではないか」
いや、違います。筆者は決して通りがかりの者ではなく、事前の用意周到さでもってデジタル1日乗車券の「のりおりくん」を購入し、その正当な権利をこのOliveカードによって江ノ電の皆さまへ開陳しているのである。
30秒ほど考えた結果、まったく必要ないが、Pass Caseアプリを開き、「のりおりくん」を表示した状態を周囲に見せながら、Oliveカードを端末にかざすことにした。ご覧あれ、この涙ぐましい努力を(写真5)。

写真5 改札口に設置された読み取り端末にカードをタッチするだけで通過できる。このようにスマホ画面を開いておく必要はまったくない(※改札が空いている時間に特別な許可を得て撮影しています)
ちなみに改札側の端末表示画面だが、入場時は「PASS」としか表示されないため、面白みにかける。しかし、一方の出場時には「1日券」と表示されるので、興味のある方は出場時の端末表示を見逃さないようにしていただきたい(写真6、7)。

写真6 駅での入場時は、改札の端末にカードをタッチするとLEDのブルーがグリーンに変わり、画面には「PASS」と表示される

写真7 一方、出場時の画面表示は「1日券」と表示される。タッチ決済による都度乗車ではなく、1日乗車券をタッチで示している感覚に浸れるのはまさにこの瞬間(だけ)

画面14 Pass Caseアプリから履歴がリアルタイムに見られる

画面15〜17 Pass Caseのメニュー内に「Q-move」へのショートカット(左画面の中段)を発見したので、ここから飛んで今回購入に使用したOliveカードの乗車履歴を確認してみた。すると、駅入場時には駅名と入場時刻が表示されるものの(中央の画面)、駅から出場後は表示が消える(リセットされる)挙動となっていた(右画面)
などと改札付近にて関係者でウフフきゃっきゃしていたら、あっという間にお昼の時間。江ノ電に乗り込んで江ノ島駅で下車した筆者は、日本人ならこのシチュエーションで誰もが思い出すであろうあの鼻歌を口ずさみながら(写真8)、採れたての生しらす丼(写真9)をかっこむのであった。
ご馳走さまでした。

写真8 江ノ島が視野に。この景色を見れば、日本人なら誰もが思い出すであろうあのフレーズが筆者にも降臨

写真9 生しらすとしらすの「Wしらす丼」が平日の旅気分を盛り上げる