【書評】現金や既存のキャッシュレス決済では困難な地域通貨ならではの役割とは?〜 「『円』より『縁』 地域通貨が示す新たな選択」

「円」より「縁」 地域通貨が示す新たな選択

書名:「円」より「縁」 地域通貨が示す新たな選択
価格:1,980円(税込)
ISBN:9784296205561
発行日:2024年09月02日
著者名:納村 哲二
発行元:日経BP
ページ数:240ページ
判型:四六

 本書を決済業界に携わる人たちと、決済業界に携わらない人たちにお勧めする。つまり、分別のあるすべての日本国民に読んでもらいたい。
 そうやってベタ褒めするのは、評者が著者の納村氏と昔から知り合いだからとか、決済業界周辺の書籍が発刊されて純粋に嬉しいから(それもそうなのだが)とかではない。なぜなら本書は、すべての人にとって重要な「生き方」について触れているからである。

 著者は「地域通貨が幸福感についての新しい可能性を創る可能性」があるとして、「社会との関係が良好であること、すなわち社会的責任を果たす」ことの重要性を語っている。地域経済やコミュニティの活性化に加えて、個人の幸福度を向上させる効果が地域通貨にはあるというのである。そのことを世界幸福度ランキング(2024年)第2位のデンマークや、筆者が8年間駐在していたドイツの国民が体感している生活環境や思想、生き方の具体例を紹介することで実証している。
 ここで重要となるキーワードは「公」。「私」ではなく「公のための自分」として活動する時間が幸福感の向上につながっていく。「(家族以外の)誰かのための存在でありたい」と願う「公」のあり方には、ありがちな押し付けがましさはなく、尊く感じられる。

 2001年からソニーで非接触ICカード技術「FeliCa(フェリカ)」の国内・海外営業責任者を務めた納村氏は、2008年に社内ベンチャーを立ち上げる。FeliCaカード内にあらかじめ設けられた空き領域を用いて、地域活性化につながる地域通貨事業の開発と、その利用促進の取り組みを始めた。ちなみにこの空き領域は当初より「FeliCaポケット」と呼称されており、これが現社名の「フェリカポケットマーケティング」につながっている。
 香川県高松市などで「ご当地WAONカード」のポケットを利用した導入事例を生み出していく一方で、インフラとして採用したICカードの読み取り端末(決済端末)の価格の高さなどもネックとなり、著者が「朝が来ないことを願ったりもしていた」ほどの苦しい状況にも直面したという。

 実は、「地域通貨」のムーブメント自体はフェリカポケットマーケティング社が事業を始めるよりもはるか以前、1990年代頃には登場しており、2000年代初頭には評者もいくつかの事例取材に当たった経験がある。当時の主流は「紙幣型」で、要するに紙で発行されたお札のようなものであった。同じく当時話題になった「エコマネー」や「エコポイント」などの言葉とも親和性が高く、全国で地域通貨に活発に取り組む姿が国内外で見られた時期だ。
 時は流れて2010年前後の時代。紙と比べてICカードでは当然、カード自体のコストアップ(磁気カードと比べて)に加えて先述の読み取り端末側のコスト負担が課題になる。このため地域通貨やポイントサービスなどの用途においては、専用カードを発行するのではなく、他のメイン用途のカード(例えば「市民カード」のような)に相乗りすることで少しでもコストを吸収しようとする動きも見られた。

 このようなインフラ面での課題に関して、大きく風向きが変わったのは2018年頃からの「コード決済」の登場と躍進だ。特に画期的だったのは、読み取り端末の設置が不要で、紙に印刷したQRコードを利用者のスマホでスキャンするだけで取引が完結できる(MPM型)という導入ハードルの低さは、決済業界だけでなく、地域通貨のインフラにも決定的な変化をもたらした。
 フェリカポケットマーケティング社も2019年に地域通貨アプリの「ホワイトラベル版」ともいえる「よむすび(RSA)」を開発、提供を開始し、2024年4月現在までに全国約70の地域で(それぞれのサービス/アプリ名で)提供されている。そのうちの17件は本書の第3章でもそれぞれ紹介されており、地域通貨アプリ事例のまとまった資料としても有用だ。

 本書には、デジタル地域通貨アプリの教科書としてもお勧めできる解説も含まれている。民間企業が提供するコード決済サービスを「企業Pay」と定義し、本書のテーマであるデジタル地域通貨については、①「マネー型(Pay機能)」としての3類型、②「ポイント型」としての5類型、にまとめた。この説明用に提示されている一覧表がわかりやすい。
 また、あまり紹介されない韓国の地域通貨事例についても、システムの仕組みから政策、利用実績などが詳細にレポートされており、貴重である。例えば、近年はスマホのQRアプリが人気の日本に対して、韓国の地域通貨はICカードが主流だというのだが、その理由とは?
 答えが気になってしまった人も、迷わず本書を手に取ってほしい。

 

 

About Author

多田羅 政和 / Masakazu Tatara

電子決済マガジン編集長。新しい電子決済サービスが登場すると自分で試してみたくなるタイプ。日々の支払いではできるだけ現金を使わないように心掛けています。

Comments are closed.