このところ、日本全国あちこちで「Visaのタッチ決済」を導入する公共交通機関のニュースを目にする機会が増えたと感じている読者も多いのではないだろうか。地元金融機関の強力な旗振りもあって、キャッシュレス化が急速に進む沖縄県でも、観光系路線バスの車内で「Visaのタッチ決済」が利用できる実証実験が今年2月から始まった。海外からの渡航客が本格的に戻ってくるのを目前に控えて、交通事業者の視点からは早くも2つの課題が見えてきたようだ。
タブレット端末型の「stera transit」を採用
琉球銀行は、2018年度から取り組んでいる「沖縄県観光二次交通強化事業」の一環として、2022年2月1日から観光系路線バス車内でVisaのタッチ決済に対応する実証実験を始めている。対象とするのは主に那覇空港を発着、あるいは経由する観光客の路線(画面1)で、東京バスが運行するウミカジライナーや、沖縄エアポートシャトルのリゾートライナーなどにタブレット端末を組み込んだ専用の決済端末が設置された(画面2)。
この端末の開発と運用にあたっては三井住友カードと協業し、同社が公共交通機関向けに提供するコンタクトレス決済プラットフォームの「stera transit(ステラ・トランジット)」を採用。琉球銀行がバス会社各社との契約取りまとめを担い、運賃収受機器は小田原機器が提供している。タッチ決済の普及促進を目指すビザ・ワールドワイド・ジャパンも、ソリューション提供と認知プロモーション面の支援(画面3)で実証実験に参画する。
同事業において琉球銀行は、コンタクトレス決済の導入に加えて、観光客の動態データの取得や分析を継続するほか、オープンデータの周知広報や利活用促進に向けた取り組みも行っていくという。
ゴールデンウイーク中の利用は4割に迫る
2月1日からの実証実験で導入路線の1つとなった「ウミカジライナー」。那覇空港・国際通りからウミカジテラス、アウトレットモール、水族館などを結ぶこの観光路線(画面4)も、コロナ禍で観光客減少の打撃を大いに受けているが、「まん延防止の解除された今年3月頃から再び人出が戻ってきた」(東京バス・取締役統括本部長の佐藤 智彦氏)という。5月のゴールデンウイークには久しぶりにバス乗り場に行列が戻ってきたそうだ。
区間運賃制を採るウミカジライナーの運賃支払いでは、これまで現金か回数券だけを取り扱ってきた。利用客はバスの中ドアから乗車し、整理券を取る。バスの降車時には整理券を運賃箱に投入し、表示された金額を現金か回数券で支払う形だ。
一方、今回導入されたキャッシュレス決済を利用する場合には、バスの降車時にタブレット端末を利用客が自身でタッチパネルを操作して支払いを行う。まず乗車地を画面から選択し、利用人数を入力。支払いボタンを押すと、「QRコード決済(PayPayとAlipayに対応)」か「カード決済(タッチ決済)」を選択する画面になる。ここで「カード決済(タッチ決済)」を選択し、タブレット画面に表示されたロゴマーク付近にカードや対応するスマホなどをタッチすると、支払いが完了する(画面5)。
実験を開始した2月から5月までの利用実績では、1日に平均して25.2回のキャッシュレス決済利用があったという(画面6)。5月のゴールデンウイークには利用件数が大きく増え、最高値の93件に達した。このタイミングでの現金との比率(金額ベース)は38%と4割に迫ったが、期間平均では22%がキャッシュレス決済に移行した。
待望された割にやや大人しい数字にも聞こえるが、観光路線ということもあり、このあたりは本格的に海外からの観光客が戻ってくると劇的に変わっていくのかもしれない。
運営する東京バスとしては、今後の課題として、数十人の乗降客が一度に降車するような繁忙期を見越した端末処理速度の向上のほか、タッチ決済でバスの運賃が支払えることの認知向上や習慣化を図っていきたいとしている。
乗車時と降車時の「2タッチ」端末に待望の声
ところで沖縄県内で使える交通系ICカードに「OKICA」があるが、利用できる公共交通機関はモノレールと一部のバス会社(沖縄本島内のバス事業者4社)に限られており、キャッシュレス決済の導入を求める声はバス事業者からも上がっていたという。
こうした背景から、導入後の現地事業者からの評判も上々だが、「(導入したタブレット端末では)オンラインでオーソリを取りに行くため、若干の時間がかかるのは事実。ここは処理スピードアップが必要」(琉球銀行・ペイメント事業部 部長代理の石井 誠氏)と認識しているという。
また事業者からは、先述のウミカジライナーを含めて、「乗車時と降車時の2回タッチする方式」の導入を求める要望が寄せられているそうで、これらも今後改善すべき課題に上がっている。「少なくとも2022年度までは(沖縄県からの)補助金が確定してしまっているので、昨年度と同じ端末を設定していくことになる。(2タッチ端末の導入は)来年度以降の事業の中で検討していこうということで、沖縄県と相談している」(石井氏)
琉球銀行では今後の計画として、現在は販売所窓口でのみキャッシュレス決済に対応している沖縄バスの空港リムジンバスについて、バス車内への決済端末設置を進めていくほか、宮古、八重山地域の路線バスなどにも導入を広げていきたい考えだ。
従来端末では主要国際ブランドのタッチ決済に対応済み、銀聯も
なお、今回、琉球銀行が沖縄県の事業として設置した決済端末のコンタクトレス決済では「Visaのタッチ決済」のみに対応しており、他の国際ブランドには対応していない。これは技術的な問題が原因ではなく、システム開発をsteraを推進する三井住友カードとの協業により行っているためで、別途協議が必要との位置付けになる。ただ、「他の国際ブランドへの対応については沖縄県からも強く言われている点なので、今年度以降がんばって追加していきたい」(石井氏)というのが琉球銀行の考えだ。
実際、琉球銀行が商業店舗向けに提供している決済端末機(RPG-T/Ryugin Payment service Gateway Terminal/画面7)では、Visaのほか、Mastercard、アメックス、ダイナースクラブ、ディスカバーと「すでに開発が完了しており、主要国際ブランドのタッチ決済には対応できている」(石井氏)という。
琉球銀行が銀行本体によるカード加盟店業務(アクワイアリング)を開始したのは2017年のこと。そこから約5年間で、全国で9,000台(うち沖縄県内は8,500台)のRPG-Tを設置済みだ。その途中過程では「お客さんから見れば、交通系か商業系かの違いは関係ない」(石井氏)ととらえ、要望があればバス車内などへも同じ決済端末機の設置を進めてきた経緯がある。
さらに今年6月15日からは西表島交通とやんばる急行バスの路線バス車内に設置済みのRPG-Tで、主要国際ブランドのタッチ決済に加えて、新たに銀聯国際有限公司(UnionPay International)のコンタクトレス決済である「QuickPass(クイックパス)」に対応。公共交通機関での「QuickPass」の取り扱いは日本国内初だ。中国人観光客にとってはなじみの銀聯カードをタッチするだけで路線バスに乗車できるのだから、利便性は大きく向上するだろう。
地域経済への波及効果にも期待
琉球銀行の事例からもわかるように、カードを差し込んだり、サインや暗証番号を入力する手間がないタッチ決済の恩恵は、こと公共交通分野で大きいように見える。
2021年頃から公共交通分野へのタッチ決済導入ペースを飛躍的に上げてきたVisaの公表データによれば、日本で増えてきたタッチ決済の取引件数を業態別に集計すると、公共交通機関での伸び率が38.1倍と、大きく他の業態を上回っていることがわかる(画面8)。スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどすでに導入から数年が経過している業態に比べれば、年間成長率が大きいのは当然だが、それを差し引いても大きな伸びを示している。
公共交通分野におけるタッチ決済導入箇所として、2022年6月時点では18道府県で25のプロジェクト(実証実験を含む)が稼動中であり、今後も拡大傾向にあるという(画面9)。タッチ決済に対応するカードの発行枚数も、Visaブランドだけで7,100万枚を超えた(2022年3月末時点)。
「ロンドン、ニューヨークなどでも、公共交通へのタッチ決済の導入効果として地域経済波及効果が期待できることが確認されている。例えば移動にタクシーを使ってしまうと、便利な反面、そこでお金を多く使ってしまったために、その後の消費が振るわないこともあるかもしれない。公共交通のスムーズな利用によって目的地に早く到着できれば、ちょっとカフェでひと休みしていこうとか、新たな支出を呼び込む可能性があるのではないか」(ビザ・ワールドワイド・ジャパン・デジタルソリューションズ ディレクターの今田 和成氏)
それに加えてビザでは、利用者の利便性向上はもちろんのこと、交通事業者における運営コストの削減やそれによる利益率の向上、さらには獲得したデータの事業への転用なども視野に入れて、引き続き「Visaのタッチ決済」の普及を日本で進めていきたい構えだ。