最近、特に今年に入ってから、身の回りで目にすることが増えたと感じる読者は多いのではないだろうか。国際ブランドが提供するEMVコンタクトレス方式による非接触IC決済のVisa版、「Visaのタッチ決済」のことである。コンビニで、スーパーで、ファストフードで、自販機で、そしてテレビCMで、と露出が急増しているが、その一方で従来のカード加盟店の枠を超え、バスや鉄道といった公共交通機関への導入事例までもが相次いでいる。そんなVisaのタッチ決済について、明らかにターニングポイントだったと思われる2020年の振り返りから、気になる日本のApple PayへのVisaカードの対応までをレポートする。
コロナ対策としてもフィットし、世界中で大躍進
ビザ・ワールドワイド・ジャパン(以下、「Visa」という)」は12月17日、記者説明会を開催し、「Visaのタッチ決済」の日本における普及状況について紹介した。また、これに関連して下記のプレスリリースを公表している。
2020年を総括 Visaのタッチ決済、国内における普及が急速に拡大 | Visa
Visaのタッチ決済は、現在、世界中で普及が拡大している。Visaの対面決済におけるタッチ決済の普及率は、全世界平均では43%だが、オーストラリア、シンガポール、ロシア、スペイン、ギリシャ、ポーランドなど90%を超える国が現れている(2020年9月末時点、出典:VisaNet)。次いで、カナダ、台湾、オランダ、イギリスなどでも同普及率は60%を超えた(画面1)。
「今年はコロナ禍がビジネスや生活スタイルに大きな影響を与えた。フェイス・トゥ・フェイスの会合ができなくなるなど悲しい出来事の一方で、これまでなかなか進まなかったアジェンダがスピーディに進んだ。そうした中で、カードを手渡すことなく、接触せずに支払えるタッチ決済は、よりよいエクスペリエンスを提供できるものと考えており、再推進していく。われわれは『タッチで払う』のが普通になると考えている」(ビザ・ワールドワイド・ジャパン コンシューマーソリューションズ 部長の寺尾 林人氏/写真1)
日本国内においても、Visaのタッチ決済は直近の1年間で、カード発行と対応加盟店の両面で大躍進を遂げた。Visaのタッチ決済に対応するカードの国内発行枚数は、対前年同月比で約2.3倍に相当する3,230万枚(2020年9月末時点)。2019年12月時点の同発行枚数が1,400万枚なので、わずか9カ月のうちにそれまでの累積枚数を凌駕する1,800万枚を上乗せした計算になる。
カードの枚数が伸びるに連れて、利用件数も順調に増加。対前年同月比では約15倍以上の急成長となった(画面2)。利用の推移をセグメント別に見ると、導入業種ではスーパーマーケットが最大で対前年同月比約30倍の伸び。「お店のロケーションベースでは全体の7割で使えるようになった」(同 マーチャント・セールス&アクワイアリング ディレクターの山田 昌之氏/写真2)とされるコンビニエンスストアで同約8倍の伸びに。カードの種類別に見ると、機能の搭載が先行したデビットカードで同約5倍の伸びを示しているという(画面3)。
「タッチ決済」の認識をどうやってお店に浸透させるのか
対応加盟店に設置される端末の数も急増しており、対前年同月比では約3.2倍にまで増えた(2020年9月末時点)。業種で見ても、スーパーマーケット、コンビニエンスストア、ドラッグストア、飲食店、デパート・ショッピングセンター、小売・サービス、T&E(旅行関連)と、ジャンルの偏りなく広がり始めた印象を受ける。加えて、小規模店舗や個人営業のお店などにも人気がある簡易決済端末の「mPOS」でも、Visaのタッチ決済に対応するものが増加した。
着実に導入場所が広がりを見せる一方で、その「わかりにくさ」は、Visaのタッチ決済の課題と考えられる。電子マネーやポストペイなどの名称で普及してきた「カードやスマホをタッチすれば支払える」先行サービスとの違いが判別しにくくて使いにくい、といった現象は、他にタッチして使えるサービスの選択肢が少ない他国とは異なる日本ならではの課題かもしれない。
説明会に出席した記者からは「(Visaのタッチ決済を導入しているお店の)店員であっても、タッチ決済に対応していることを認識していないケースが見られる。今後、都市部に限らず、広い地域にまでタッチ決済を普及浸透させていくためにこの課題をどうするのか?」といった鋭い質問も飛んだ。
もちろん、加盟店店頭へのサービスロゴ(Visaのタッチ決済)やアクセプタンスマーク( )))) )の積極的な露出・掲出、というのがその答えであり、今後Visaとしてもイシュアー、アクワイアラーなどと連携しつつ、強化していく方針だ。だが、その一方で「タッチ決済というサービスの認識を今後どのようにしてお店に浸透させていくのか? は課題ではあるが、逆に『サービスの認識を浸透させなくてもいい』というのも1つの答えであり、解決策だと考えている」(前出の山田氏)という。
ここで鍵を握るのが、Visaが「3面待ち」と呼ぶ端末オペレーションへの移行だ(画面4)。Visaのタッチ決済が普及する以前の、従来の決済端末では、新しく登場した非接触ICによるカード決済のことを便宜上「NFC Pay(非接触)」と命名し、カードのタッチを待ち受けるための起動ボタンも既存の「クレジット」ボタンと別に設けていた。これを「2面待ち」と呼ぶ。この場合、カード利用者は店員に「Visaのタッチ決済を使いたい」などと明確に告げる必要がある一方で、店員は「Visaのタッチ決済」と告げられた場合にどのボタンを押すべきかを熟知していなければならない。
対して「3面待ち」のオペレーションでは、利用者は単に「Visaで」や「カードで」と店員に伝えればよく、店員も「クレジット」のボタンを押すだけで、決済端末は磁気、接触IC、非接触IC(Visaのタッチ決済など)のすべてを待ち受ける状態になる。この方法であれば、利用者も店員も「Visaのタッチ決済」の単語を認識しなくても使えるわけだ。
こうした考えの下に、今後Visaでは端末オペレーションについて「3面待ち」を推奨していく姿勢である。
世界に広がる公共交通への導入、日本でも高速バス・鉄道の初事例
Visaのタッチ決済を用いれば、クレジットカードやデビットカードなどを乗車口の端末にかざすだけで、バスや鉄道といった公共交通機関の乗車運賃をダイレクトに支払うことができる。Visaによれば、現在、世界中の約500の公共交通プロジェクトに参画しており、280以上の公共交通機関がVisaのタッチ決済を導入。2019年度だけでも新たに62の都市で受け入れが始まっているといい、まさに拡大中の様相を呈している。
今年2020年の後半には、日本でも茨城交通、岩手県北バス、福島交通・会津バスと、高速バスへの導入が相次いだ。また、11月25日からは京都丹後鉄道が導入を開始し、鉄道へのVisaのタッチ決済導入としては初の事例となった(画面5)。
「磁気券(の発行コスト)を減らしたい、人員確保の課題から有人のチケットカウンターを効率化したいなど、公共交通機関の方がVisaのタッチ決済にご興味を持っていただける点にはそれぞれ違いがある」(同 デジタル・ソリューション ディレクターの今田 和成 氏/写真3)
とはいえ、一般的なショッピング用途のVisaカード加盟店と、公共交通機関とでは、決済のための処理が大きく異なる点に注意が必要となる(画面6)。公共交通機関の中でもバスなどの「固定運賃」を採る場合には、一般の加盟店と同じく、一度の改札処理の際にカードの発行会社や金融機関に対してカード有効性の確認(オーソリ)を取るだけでよい。オーソリには数秒がかかるが、カードをタッチする時間(0.5秒以内)そのものと合わせても問題はないという。
それに対して少し処理が複雑になるのが、鉄道のような「距離制運賃」を採る公共交通機関の場合だ(画面6の一番下の例)。この場合には、先述したオーソリにかかる数秒を短縮するための工夫として、入場時には即座にオーソリを行わない。代わりに別途構築したバックエンドシステムなどとの間でのみデータを照合。その後、利用者が退場した後にあらためてオーソリを取得する(11月に対応開始した京都丹後鉄道はこの方式)などの方法で、処理速度の問題を解決する。これによりVisaのタッチ決済を用いてのゲートやリーダの通過時間としては、最大でも0.5秒以内に処理が完了するとしている(画面7)。
One more thing・・・?
ところでVisaのタッチ決済は、技術的にはプラスチックカードへの機能搭載だけでなく、スマートフォンや、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスにも対応が可能である。実際、昨年(2019年)末にはAndroid OS搭載スマートフォン向け決済サービス「Google Pay」がVisaのタッチ決済に対応。スマホ1台で、手軽にVisaのタッチ決済を利用できるようになった。しかし、日本でも利用者の多いiPhoneの場合、日本における「Apple Pay」のサービス形態として、Visaブランドの付いた決済カードを利用できない状況が長らく続いており、その対応を待望する声は現在も非常に多い。
そこで、記者説明会の最後に本誌から「日本版Apple PayへのVisaカードの対応予定は?」と質問を投げかけてみた。すると、「より多くの皆様にVisa をご利用いただけるよう、日本におけるApple Payへの対応についても、現在、パートナー企業と協議を進めております。詳細が決定しましたら、追って発表させていただきます」(前出の寺尾氏)との回答を得ることができた。
ノーコメントでもなく、「パートナー企業と協議を進めている」とのことなので、非常に前向きな回答といえるのではないか。これには質問した本誌も驚いているが、2021年はこれらの動きからも、Visaのタッチ決済のさらなる飛躍に期待が持てそうだ。