汎用のAndroid OSを搭載するのが主流になってからというもの、決済端末がどれも似たような格好(フォルム)になってどうにも面白みに欠けるーー本誌読者であればご理解いただけるであろうそんな感覚に、新鮮な風を吹き込んでくれそうな新しい決済サービスが発表された。着眼点からしてユニークなので、まずはその開発ストーリーから紹介していこう。
PINバイパスの禁止で、美しいテーブル決済が継続困難に
2月9日、東京都内で開催された新サービス発表会の冒頭で、いきなり、記者が衝撃を受けたメッセージが紹介された。その衝撃を漏らさずお伝えしたいので、少々長いがあえてほぼ全文を引用する。最期までお付き合いいただきたい。
「ご存じの通り、クレジットカード決済には基本的に本人の利用である確認が必要です。従来はサイン、紙にカード会員様のご署名を頂くことがその確認手段の主流でしたが、ICカード対応クレジットカードの場合、暗証番号(PIN)の入力による確認が採用されました。日本の決済端末についてはお客様優先の考え方で、PINを覚えていない会員様にもご利用いただけるように、PINの入力ではなく、サインによる決済処理をする『PINバイパス』という仕組みを搭載して、従来のサインでも決済できるようになっておりましたが、クレジットカード業界としては、PIN対応決済端末の普及、カードのIC対応、ご利用者様の認知などが進んだと判断をさせていただき、昨年3月末をもってこの『PINバイパス』を基本禁止して、PINによる本人確認に、安全に移行することとし、業界ルールとしてサインによる本人確認の時代が終わりを告げました。
皆様もご経験されていると存じますが、多くの高級レストランなどの飲食店では、この『PINバイパス』を利用してお食事をされたテーブルに伝票を運び、サインを頂く形のテーブル決済が採用されておりました。私たちはこのスタイルで行われるテーブル決済のことを『サイン・オン・ペーパー(Sign on Paper)』と呼んでおります。この『サイン・オン・ペーパー』という決済の所作は、レストランなどで、接客現場の試行錯誤の中で生まれたものです。支払う方はご一緒している方との会話中にさりげなく手渡されるビルホルダー(筆者注:主にレザー製で二つ折り形状の、伝票やお札などをはさめるケース)を受け取り。お話を続けながらさりげなく中身を確認して、クレジットカードを挟んで店員に手渡す。店員はそれをカウンターに持ち帰り、伝票を作り、再度テーブルへ。お客様は会話を続けながら伝票にサインして支払いが終わる。非常にエレガントで洗練された所作であったと、私たちは考えております。日頃見慣れたスムーズな決済所作でした。
支払う方にはきちんと決済に関する情報が渡される一方、ご馳走になるご一緒のお客様には、決済情報が見えず、その所作はさりげなく仰々しくならないので支払ってあげている感がありません。また、ビルホルダーを工夫することで、店舗独自のアイデンティティを醸し出したり、店舗の雰囲気に合わせた高級感を出したりすることができました。この『サイン・オン・ペーパー』という所作が、クレジットカード業界の都合で『PINバイパス』が禁止されたことにより、継続できなくなってまいりました。
(中略)この業界ルールの変更が少なからず飲食店の店頭に影響を与えております。特にこれを機会に端末を入れ替えた店舗の60パーセントでは、導入した新しい端末が店舗の雰囲気に合っていないと回答しております。結果、お店の方が、自分のお店の雰囲気に合わないと感じている無骨な決済端末がテーブルに運ばれてきており(写真1、2)、お客様の会話を遮ったり、お支払いのためだけにカウンターに足を運んでいただいたりと(写真3)、今のテーブル決済の状況は決して美しくないと私たちは考えております。そこでDXの力を使ってエレガントな『サイン・オン・ペーパー』を再現し、再び美しいテーブル決済を取り戻したいと考えました。

写真1 (出典:記者発表会でのプロモーション動画)

写真2 (出典:記者発表会でのプロモーション動画)

写真3 (出典:記者発表会でのプロモーション動画)
(中略)多くの皆様のご協力とエネルギーを得ることができ、あのエレガントな『サイン・オン・ペーパー』という所作を、DXの力を借りて再現し、より高めることのできる『MPAC(エムパック)』と『S-pitt(エスピット)』シリーズを本日ようやく皆様にご案内できる運びとなりました」
技術開発にカードサービス、製造は上海・XC TECH
いかがだろうか。思い当たる不穏なシチュエーションの上映に、筆者は不覚にも吹き出してしまった。筆者は長くこの業界で取材しているが、クレジットカード決済時の「PINバイパス」が原則廃止になった2025年3月末以降の業界人の会話からは、「暗証番号を利用者が忘れてしまっても、タッチ決済なら1万5千円くらいまでは暗証番号不要でいけるから」とか「デパ地下などでは一定金額までPIN入力が不要な『PINレス』だし」くらいの主旨でしかコメントを拾うことはなかったように思う。
「あの美しくエレガントで洗練された『サイン・オン・ペーパー』という所作が継続できなくなった」との視点からの意見は初めて聞いたと思うし、そこに一種の執着心をもって再現に挑んだという新サービスの開発動機には度肝を抜かれた。
その言い出しっぺは、エム・ピー・ソリューション専務取締役の林 和宏氏(写真4)だったそうだ。「テーブル決済の現場が美しくなくなった。世界的に見ても、ICカードの普及によって高機能なモバイル端末が唯一の回答と思われている。こんな小さな会社から(の発信)だが、1つの答えを作りたい」と鼻息は荒い。
林氏は「30名程度の小さなベンチャー」と謙遜するが、飲料自販機や自動機向けの電子マネー対応決済端末「JMMS」や、対面式キャッシュレス決済サービスの「KAZAPi(かざっぴ)」を使ったことのある方も多いだろう。どちらも同社、エム・ピー・ソリューションが提供する製品ラインアップである。

写真4 エム・ピー・ソリューション 専務取締役の林 和宏氏
先述のように、ビルホルダーとの調和を優先した決済の世界観を実現するにあたっては、サービス企画と運営を担う同社に加えて、専用端末とアプリケーションなどの技術開発でカードサービス社と協業した。カード業界では、Castles TechnologyやID TECHといった韓国、台湾、中国などの海外決済端末の卸販売で知られる同社だが、2022年2月にレスターグループの傘下となった以降はマイナ保険証向けのカードリーダーなど認証機器の開発製造販売などにも事業を広げているという。
さらに、製造パートナーとして中国・上海のXC TECH社を選定した。XC TECHはAndroid端末を世界70社以上に供給し、2025年の実績では490万台を出荷、累計では3,500万台の出荷実績を誇る。
これらのタッグによって完成したのが、「S-pitt(エスピット)」シリーズの1機種、「S-pitt Air(エスピット・エアー)」(写真5)である。

写真5 「S-pitt Air(エスピット・エアー)」はクレジットカード、QRコード、現金の取引に対応する。コード決済は「動的MPM方式」を採用した
「MPAC」クラウドで端末をシンクラ化、決済ネットワークには「SP-NET」採用
S-pitt Airの最大の特徴はその外観にある。レシートや領収書などと一緒にビルホルダーに挟んでも違和感のない「厚さ9.99ミリ」という極薄設計(写真6)からは、少し大きめのスマートフォンと見間違えそうな印象を受ける(重量は220グラム)。全面がフルフラットなのですべて液晶画面と勘違いしてしまいそうだが(写真7)、実は下部4分の1ほどが液晶画面とは分離されていて、暗証番号を入力するための専用PINパッドになっている。この部分はソフトウェアで「表示」されるのではなく、実際にハードウェアのPINパッド(ハードPIN)が内蔵されている(写真8)。

写真6 ビルホルダーを畳むと、端末が薄すぎてもはやスマホを持っているようにしか見えない

写真7 下部4分の1ほどのところで、液晶画面とPINパッド部が分離していることがわかる

写真8 「ハードPINです」といくら説明されても、見た目では脳が理解できないほどにフルフラットなPINパッド
それがわかるのは、実際にPINパッドを押した時。フラットなので画面タッチをしているようだが、数字キーの上に指を乗せると振動が伝わってくる。ハードPINの特性上、表示する数字の位置を毎回ランダムに変更することができないため、数字位置は固定(いわゆる電話のキー配列)になるが、あえて固定式にすることでユーザビリティを優先したという。
「ソフトPINだと数字がランダムに表示されるが、(S-pitt Airは)固定されているので使い勝手がいい」(カードサービス・代表取締役社長の齋藤 賢志氏/写真9)。徹底した利用者への配慮は、視覚障害者向けにはシリコン製のラバーパッドボタン(写真10)を用意しているところにも垣間見える。

写真9 カードサービス 代表取締役社長の齋藤 賢志氏は、本年1月1日付けで同社代表取締役社長に就任

写真10 ラバーパッドをかぶせることで、より明瞭なPIN入力操作も可能
そして、本当にユニークな点はこの「薄型新決済端末」の中身にある。同端末を含め、S-pittシリーズの開発コンセプトは完全クラウドであることで、「Webブラウザ機能とクラウド決済機能の2つの機能しか持っていない」(林氏)
このクラウド型決済を支えるために開発されたのが「MPAC(エムパック:MPS Advanced Cloud)」で、決済処理や伝票管理をクラウドサーバー側に移行することにより、決済端末側はシンクライアントとしてのみ利用するように機能を絞り込んだ(画面)。端末のコストダウンに加えて、端末のソフトウェアアップデートもサーバー側での管理が可能、さらには1つのお店が複数台の対応端末を併用する場合には伝票情報のリアルタイム共有や変更処理なども可能になる(写真11)。

画面 クラウド集約型決済サービス「MPAC」の仕組み(出典:2026年2月9日付け共同記者発表会資料より)

写真11 MPACクラウド内でつながっていれば、別の端末で行われた取引データを検索して処理することもできる
POSとの連動も視野に入れており、今後はPOSから発行されるレシートを決済端末側でも画面表示できるようにするほか、決済以外で接客に必要なさまざまなサービスを追加提供していきたい意向だ。
「現金支払いや領収書印字をサポートするなど、ビルホルダー上で行われていた『ビル』の所作はすべてできるようにしている。加えて、レシートを画面で見ながら商品ごとに選んで割り勘できるような、そんな機能も提供できるだろう。店員にチップを渡すような機能も提供していきたい」(林氏)
なお、「MPAC」では決済ネットワークとして三菱UFJ銀行が運営する「SP-NET」を採用した。アクワイアラとして選択できるのが三菱UFJニコスとジェーシービー(JCB)に限定されるほか、「1回払い」のみ利用可能、FeliCa電子マネーに非対応(国際ブランドのタッチ決済は利用可能)といった制限事項はあるが、その分、ネットワーク利用料が安価に抑えられるという。
SP-NETの『SP』は『シンプルペイメント』の略で、2024年3月から決済の取引データを中継するサービスとして提供されている。「(決済ネットワークとしては)新興であり後発なので、他社にない特長として、機能を絞ることで安く提供できるサービスを開発した。カード会社の手数料を構成する一部にネットワーク利用料があるが、(SP-NETは)一般的なネットワークに比べて最大5分の1くらいに抑えているので、根拠のあるコストカットによりご提供できると考えている」(三菱UFJ銀行 法人・デジタル戦略部ペイメント戦略室 室長の尾中 壱行氏/写真12)

写真12 三菱UFJ銀行 法人デジタル戦略部 ペイメント戦略室 室長の尾中 壱行氏
ところで、S-pitt Airは磁気ストライプの読み取りにも対応していない。ICカードへの移行が進んだとはいえ、対応に不安はないのだろうか。
「S-pitt Airは振り切っている(ので磁気カードは読み取れない)が、あわせて提供を始めるもう1機種の『S-Pitt mobile(エスピット・モバイル)』(写真13、14)は磁気ストライプにも対応している。こちらはデュアル画面で、端末単体でレシートも印刷できる。この2機種で市場を席巻していきたい」(カードサービスの齋藤氏)

写真13 Airより数カ月先行して提供開始になる「S-Pitt mobile(エスピット・モバイル)」は、レシートプリンターを内蔵し、磁気ストライプの読み取りにも対応する

写真14 デュアルディスプレイを搭載していることも特長。このタイプのモバイル決済端末で、お客側の筐体面まで液晶ディスプレイなのは珍しい
S-pitt Airは2026年夏頃、S-Pitt mobileは2026年4月以降の提供開始を予定している。気になる価格だが、端末利用料は「レンタル形式のサブスクモデルとして提供していく。(当社からすれば)決済代行業者やPSPへの卸にはなるが、月額2,000円以下で提供できるのではないか」(林氏)とのこと。これに決済手数料が加わることになる。
失われてしまった「エレガントで美しいサイン式テーブル決済の所作」を、どこまでデジタルで取り戻せるか。ふと訪れた飲食店で、手渡された「ビルホルダー」を見て「あっ!」と驚かされる日を楽しみに待ちたい。

写真15 記者発表会の登壇者。左から、三菱UFJ銀行 法人デジタル戦略部 ペイメント戦略室 室長の尾中 壱行氏、エム・ピー・ソリューション 専務取締役の林 和宏氏、カードサービス 代表取締役社長の齋藤 賢志氏、XC TECH Key Account Director Mandy Luo氏