2年前の2017年11月。「現金お断り」を掲げて話題になったレストランが東京・中央区の馬喰町にオープンした。あれから2年で日本のキャッシュレスは大きく様変わり。「キャッシュレス」「○○Pay」が2019年の流行語大賞にノミネートされるほど、認知度の増したこのキャッシュレス時代に、運営元であるロイヤルホールディングスは満を持して2号店を出店する。随所に2年間の経験が盛り込まれた新店舗の特長について、キャッシュレスの観点を中心にレポートする。
完全キャッシュレスの2号店、楽天社員限定で顔認証による決済も
2019年12月24日の15時にロイヤルホールディングスがオープンさせる「Gathering Table Pantry(以下、GTP)」の2号店、「GTP二子玉川」(東京・世田谷区)(写真1)は、2017年11月に開店したGTP馬喰町(東京・中央区)から引き続いて「完全キャッシュレス」の店舗だ。
対応する決済サービスは、GTP馬喰町の開店時から大幅に拡充となり、コード決済8種、クレジットカード(国際決済ブランドのタッチ決済を含む)8ブランド、電子マネー10ブランドに対応する(写真2、3)。これらに加えて、二子玉川に本社を構える楽天の社員限定で、顔認証決済にも対応する(写真4)。
顔認証決済は、楽天技術研究所が独自に研究開発したもので、「楽天ペイ(アプリ決済)」を通じて支払われる。あらかじめ顔情報登録用アプリから顔情報やクレジットカード情報を事前登録し、来店する。食事後にテーブル上のタブレット端末から「楽天顔認証」のボタンにタッチすると、店員のウェアラブル端末に通知が飛ぶ。これを受けて店員がレジから顔認証決済したいお客の注文を選択すると、お店の出口付近にあるタブレットにその情報が伝達される。その後、お客が自分で出口付近のタブレット端末へ出向き、「顔決済をはじめる」をタッチすると(写真5)、先ほど伝達された注文内容が表示される。ここで正しいことを確認した上で顔認証を選択する。するとカメラが起動してほぼ一瞬で決済が完了する仕組みだ(写真6、写真7)。
財布もカードもスマホも取り出す必要がないため便利な支払方法だが、今回は実証実験の位置付けで運用されるため、一般のお客は利用できない。
コード決済の利用件数が急増、人気の理由はセルフ式の運用にも
残念ながら顔認証決済は楽天社員限定でしか利用できないが、前記した通り、GTP二子玉川ではさらに進化した「完全キャッシュレス」が体感できる。
ロイヤルホールディングスでは2017年に始めたキャッシュレスへの取り組みについて、フェーズを分けて整理している(写真8)。開始当初の導入目的は「店長の負荷軽減」にあったが、これは業務時間全体で19.0%ほどを占めていた「管理・事務」の割合が、Gathering Table Pantry馬喰町(以下、GTP馬喰町)では5.6%にまで軽減できているという(導入前の他店舗の事例との比較)。
そこでロイヤルホールディングスでは次に狙う導入効果として「顧客体験価値向上」を掲げた。その最初のアプローチが2018年から開始した「セルフ決済」の導入だ(写真9)。会計の際、お客は店員を呼ぶこともなく、テーブルに置いてある注文用のタブレットを使って自分自身で決済を完了できるようにした(写真10)。
これに対応したのが、ちょうどその頃から話題性の高まっていた各社のコード決済である。コード決済ではお客のスマホに決済用のQRコードを表示し、タブレット側のカメラで画面を読み取るCPM(消費者提示)方式を採用した。それ以外のキャッシュレス手段である「クレジットカード」と「電子マネー」は一般的なお店での会計手順と同様に、レジへ足を運んで、店員の指示で通常の決済端末を通じて決済を行うようになっている。(なお、いずれの決済を選んだ場合でも、レシートは希望すれば発行してもらえる)
一般的にコード決済は、お客がスマホアプリを起動するなどして決済画面を出す手順が増える分、非接触IC型の決済方法などと比べて「不便」「遅い」と評価されることも多いが、興味深いことにGTPでは「タブレットの前面カメラにQRコードを読ませるだけなので、『非常に簡単だ』と受けとめられたようだ」(ロイヤルホールディングス・常務取締役 イノベーション創造担当 食品事業担当の野々村 彰人 氏/写真11)という。
これを裏付ける根拠として、GTP馬喰町の決済データではその内訳の比率にはっきりとした変化が見られる。2018年6月時点で同店の決済手段別の利用比率は、件数ベースでクレジットカード55%、電子マネー41%、QRコード決済はわずか4%だった。これが2019年11月にはクレジットカード41%、電子マネー33%といずれも後退し、QRコード決済が26%を占めるまでに成長した。野々村氏は「(コード決済事業者が実施する)還元キャンペーンなどの影響もあると思うが、やはりセルフで出来るテーブル会計が便利との声を多く頂いている」と理由を分析する。
決済端末は、mPOS端末の複数台併用から専用端末1台に
また、店舗に設置した端末の環境にも変化が表れている。GTP馬喰町が開店した当初(過去記事【日経連載コラム】「広がるキャッシュレスブーム、2025年に日本の電子決済市場はどこまで伸びる? 」参照)は、クレジットカードと電子マネーの決済処理用として「楽天ペイ(実店舗決済)」のmPOS端末が複数台導入されていたが、GTP二子玉川では専用端末1台をレジに設置する形態に変更した(写真12)。セルフで会計するQRコード決済には、もともと注文用として各テーブルごとに設置しているタブレットをそのまま利用するため、ロイヤルホールディングスの視点で見れば、キャッシュレス受け入れのために必要な設備の導入負荷は軽減したといえる。
このようなGTP馬喰町の2年間の運営から得た「学び」は、他にも生かされている。その1つが、楽天Edyのチャージ機を店内に設置したことだ(写真13)。
完全キャッシュレスの発展形がまさか「電子マネーチャージ機の設置」とは。初めて耳にした際、記者が違和感を拭えなかったことは事実だが、その理由を聞いて大きく頷いてしまった。「利用履歴が残ったり、支払明細書が後日に送付されてきたりするのが嫌だということで、現金での支払いを希望するお客様もおられる」(野々村氏)。そうした根強いニーズを完全キャッシュレス店舗で解決するのが、電子マネーへの現金チャージである。「どうしても現金払いを希望されるお客様には楽天Edyカードを差し上げて、チャージ機で現金をご入金いただく」(野々村氏)ことで、間接的に現金決済をサポートし、お店の完全キャッシュレスを維持する妙案だ。
そして、ロイヤルホールディングスがキャッシュレスで追求する「顧客体験価値向上」で最後に見据えるのは「チェックレス」の世界観である。「2020年に目指すのは、つまりAmazon Goの世界。顔認証もしない、『チェックレス』という新しい体験をお客様に提供したい」(野々村氏)という。それを踏まえると、今回、利用者を限定しての顔認証決済の実験を含めて、同社のキャッシュレスへの取り組みはまだ進化の途上にあるともいえそうだ(写真14)。