公益社団法人2025年日本国際博覧会協会(以下、「万博協会」)は11月17日、2025年日本国際博覧会(以下、「大阪・関西万博」)にて万博史上初めて実施した「全面的キャッシュレス決済による会場運営」に関して、その効果検証結果をまとめた報告書を公開した。万博協会は同日に記者説明会を開催し(写真1)、報告の要旨と、今後のさらなるキャッシュレス推進に向けたヒントを提言した。

写真 (記者説明会の模様)写真左から、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 企画局⾧ 河本健一氏、同 企画局 参事 谷川 淑子氏、三井住友カード 執行役員 データ開発本部⾧ 白石 寛樹氏
大阪・関西万博における全面的キャッシュレス決済運用の効果検証について | EXPO 2025 大阪・関西万博公式Webサイト(報告書全文あり、2025年11月20日閲覧)
https://www.expo2025.or.jp/news/news-20251117-01/
会場内のステラ端末は計1,350台、会場内でのプリカ購入者はごく少数に
万博協会では、2025年4月13日から同年10月13日の延べ184日間に渡って、会場全体で「現金を一切取り扱わない全面的キャッシュレス決済」による運営を実施したが、「会場内の235店舗で73種類に及ぶ国内最多クラスの決済ブランドを導入した。検証の結果、来場利用者の満足度は9割を超え、また店舗側の事務は現金に比べて要する時間が約10分の1に効率化されたことがわかった」(公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 企画局⾧の河本 健一氏)と総括した。
万博会場へ足を運ばれた読者の方はよくご存じだと思うが、会場内の公式ショップなどでは三井住友カードが提供する決済端末の「stera terminal」(据置型)と「stera mobile」(モバイル型)、それにNEC製のPOSレジが導入されていた。steraは両機種合わせて計1,350台、POSは1,000台が設置された(画面1)。

画面1 (出典:【概要版】大阪・関西万博全面的キャッシュレス決済運用の効果検証報告書)
ちなみに同日に発表された、三井住友フィナンシャルグループ、三井住友銀行、三井住友カードの3社連名によるニュースリリース(「『大阪・関西万博 全面的キャッシュレス決済運用の効果検証報告書』の公表について」)では、大阪・関西万博にプラチナパートナーとして協賛したSMBCグループの取り組みが、以下の内容であったことを紹介している。
(1)会場内施設へのオールインワン決済端末「stera terminal」および「stera mobile」計1,350台の提供
(2)EXPO2025 デジタルチケットサイト(大阪・関西万博の公式チケットサイト)の決済機能提供
(3)「ミャクペ!」の開発・提供
(4)特典プログラム「ミャクミャク リワードプログラム」の運営プラットフォームの提供
(5)会場内へのATM(2台)の設置
「全面的キャッシュレス決済」の企画や運営に携わった同協会・企画局 参事の谷川 淑子氏は、「(前回の万博である)ドバイでは現金を取り扱っており、完全キャッシュレスは難しくて実現できていなかった。今回は184日間、累計2,900万もの来場者の皆様が快適にご利用いただけるように、日本で初めて1台の端末で70以上の決済に対応した。これは皆様が『日頃使い』されている決済ブランドを使えるようにするためだった」と説明する。また、これらの提供費用は「協会が予算を取って発注するのではなく、SMBCグループとNECの多大なるご協賛により実現できた」という。
一方で、既存のプリペイド型電子マネーを「プリペイドカード」と位置付け、会場内での一部販売や、現金チャージ(再入金)のためのサポート体制も手厚くした(画面2)。TOPPANエッジが協賛した現金チャージ機65台をはじめ、セブン銀行ATMや外貨から主要な電子マネーに入金可能なチャージ機などが併用されたほか、有人のサポート店舗(マネープラザ)も用意された(画面3)。

画面2 (出典:【概要版】大阪・関西万博全面的キャッシュレス決済運用の効果検証報告書)

画面3 (出典:【概要版】大阪・関西万博全面的キャッシュレス決済運用の効果検証報告書)
その利用状況は画面4の通りで、1件あたりの平均チャージ金額は5,594円だったが、ブランド別では「シェアは公表していないが、交通系がかなり多かった」(谷川氏)。一方で、会場で新規に「プリペイドカード」(プリペイド型電子マネー)を購入した人の数は、1日あたりの平均来場者数15万人と比べるとわずか0.02%にとどまっており、多くの利用者が普段から使用しているキャッシュレスサービスを持参して来場したことがわかる結果となった。

画面4 (出典:【概要版】大阪・関西万博全面的キャッシュレス決済運用の効果検証報告書)
キャッシュレス関連の施策としては、この他に万博独自の電子マネー「ミャクぺ!」や、顔認証決済(手ぶら決済)、海外QRが利用できる「JPQR Global」の国内初導入などが実施されたが(画面5)、今回の報告書には利用者属性に関する調査の集計が間に合わず、含まれなかったため、利用状況については今後の情報が更新される際に公表される予定となっている。

画面5 (出典:【概要版】大阪・関西万博全面的キャッシュレス決済運用の効果検証報告書)
クレジットカードと国内コード決済で全体の8割に
会場内での決済手段別の利用傾向も公表された(画面6)。世間一般のキャッシュレス比率は同資料右側の円グラフ(経済産業省の2024年時調査)が該当するが、現金が圧倒的多数の6割を占め、キャッシュレスはクレジットカードを筆頭に、コード決済、電子マネーと続く順番になる。これに対して現金の取り扱いがなかった万博会場内では、左側の円グラフが示す結果となった。この数字には、前記したstera端末だけではなく、スクエアの端末を導入した海外の15パビリオンや、219台が設置された飲料自販機の利用データも含まれている。また、万博会期の全期間が対象である。

画面6 (出典:【概要版】大阪・関西万博全面的キャッシュレス決済運用の効果検証報告書)
最多はここでもクレジットカードが47.1%だが、続くコード決済(国内で使えるブランドのみ)が36.0%と肉薄、プリペイド型の電子マネーは16.9%にとどまった。クレジットカードとコード決済で全体の8割を超える勢いである。前述の通り、個別の決済ブランドに関する情報は明らかになっていないが、「所感としては、クレジットカードはVisaとMastercard、コード決済はPayPay、そして交通系電子マネーではSuicaのシェアが大きかった」(谷川氏)そうだ。
さて、利用者には上々の評判で受け入れられたように見えるキャッシュレスだが、運営する加盟店側は万博を終えて、キャッシュレス導入の意義をどう受け止めたのだろうか。閉幕直前の10月上旬に、会場内の39店舗に尋ねたアンケート結果を見てみよう。
画面7ではキャッシュレスを導入して良かった点を尋ねている。その結果は、現金管理や釣り銭対応などの業務負荷が軽減されたことの効果が最も多く評価された。また、現金を店舗に置かないことでの防犯効果を評価する店舗も多かった。その他の選択肢を含め、多くの店舗が効果を実感したことを物語る。

画面7 (出典:【概要版】大阪・関西万博全面的キャッシュレス決済運用の効果検証報告書)
27年の園芸博でも「全面的キャッシュレス」の継承を検討
一方で、課題についても店舗側の意識が浮きぼりになった。対象店舗の半数以上が「はい」と回答したのはやはり、決済手数料など運営コストが増加することへの懸念だった。現金を受け入れないことに対するお客からの不満や、トラブルや通信・機器の不具合などでキャッシュレスが利用できない場合への対応、がこれに続いた(画面8)。

画面8 (出典:【概要版】大阪・関西万博全面的キャッシュレス決済運用の効果検証報告書)
ただ、課題を効果が上回ったことの表れか、7割を超える店舗が今後もキャッシュレスを導入したいとの回答を寄せた(画面9)。そして、その際には行政からのサポートとして、決済手数料や端末設置などにかかるコスト負担を軽減してほしいとの声が集まった(画面10)。

画面9 (出典:【概要版】大阪・関西万博全面的キャッシュレス決済運用の効果検証報告書)

画面10 (出典:【概要版】大阪・関西万博全面的キャッシュレス決済運用の効果検証報告書)
今回の万博会場内でのキャッシュレス導入に関しては、決済端末やPOSを導入する際のコスト負担が「協賛」という仕組みにより解消されていたが、決済手数料については「会場内では手数料をやや落として運用したが、協会からの補助はなかった」(谷川氏)
この「手数料の壁」については、キャッシュレス普及において永遠の課題とも目されるところだが、今回の大阪・関西万博の成功体験を今後のさらなるキャッシュレス推進に対して、どのように生かしていけるのだろうか。この点について万博協会では、今年の10月21日に経済産業省が設置した「キャッシュレス推進検討会」に対して結果を情報共有することにより、今後の推進検討に生かしてもらいたい考えだ。
また、成果の継承として、2027年3月から9月までの半年間に渡って神奈川県横浜市で開催予定の「2027年国際園芸博覧会」でも、今回の「全面的キャッシュレス決済による会場運営」を引き継ぐ方向で検討が進められているという。そのヒントは「現金が使えない場を広げる」ことにありそうだ。
「『現金が扱えない』となると人の行動は変わる。同様の傾向は他のイベントでも起こり得ると推察するが、催しやフェスなどでキャッシュレスしか選べないとなると、必然的に選んでいただけるようになる。そうした場所で利用者が初めてキャッシュレスを使ってみて利便性を実感されると、大阪・関西万博でも実証されたように、『今後も使っていこう』となる(画面11)。そうして利用者ベースで上がっていくのではないか」(谷川氏)
現金が使えないのなら、使いようがない。当たり前とも言える結論ではあるが、なかば強制的にキャッシュレスの環境を作り、その場の数を増やし、それらが最終的につながっていくことで日本全国のキャッシュレスが拡大するという青写真こそが現実的な解決策なのかもしれない。そう感じさせてくれた、今回の「全面的キャッシュレス」のチャレンジを評価したい。

画面11 (大阪・関西万博来場者への「EXPO2025デジタルウォレットアプリ」を通じたオンラインアンケート、調査期間:2025年10月1日〜10月13日、有効回答数:10,633件)(出典:【概要版】大阪・関西万博全面的キャッシュレス決済運用の効果検証報告書)